- 04/03 [PR]
- 05/11 第四十四話「開始」
- 05/02 第四十三話「立止」
- 04/23 お引っ越ししまぁす♪
- 04/19 第四十二話「一衣」
- 04/09 第四十一、五話「各々」
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家業を問われること自体数えるほどしかないが、問われれば嘘は言わないを信条としてきた。
というより、偽る必要性など皆無だ。
だから素直に答える。そして大抵の場合、返ってくる反応といえば驚きなどと生ぬるい言葉では到底表しがたい…そう、言うなれば恐怖、畏怖。そういう類のもの。
そんな反応だからといって特に気にすることもないし、むしろ光栄だとも取れる。
だから告げるのだ。それを問うたことを、後悔させるかのように。
その男、代々暗殺を生業とする一族。
「殺し」を、日々の糧として生きる、そういう存在であった。
亜嵩の呼吸が先程に比べ早くなっていることに最初に気づいたのは司だった。
亜嵩に感づかれないよう注意を払いながら他の者にも目配せで知らせる。
全員が気づいたときには既に遅かった。
次の瞬間、亜嵩の体は力を失って傾ぎ、そのままその場に倒れこんだ。
「亜嵩…!」
悲鳴に近い叫び声にとっさに反応した鴇が手を伸ばして―――けれども霊体の彼に、亜嵩を支えることは叶わず、代わって唯月がその体を抱えた。
血の気の失った白い顔には大量の汗がにじみ、今現在かなり危険な状態を示している。
額に触れるまでもなくかなりの高熱を出していることは一目瞭然だった。
「こんな状態でよく憑依に堪えられたものだ…っ」
顔を歪め、絞り出すようにそう呟いたのは鴇の隣にいる史義だ。
鴇が案じるように窺うと、兄は目を合わせないままで鴇の頭を軽く数度叩いた。
幼い頃から、そうして自身が鴇を責めていないことを伝えるところは相変わらずだ。
「気休めにしかならないかもしれないけど…」
そう言って司は自分の上着を床に敷く。直接冷たい床に亜嵩を寝かせるよりは付加がかからないだろうとの配慮だ。
「俺、ハンカチ濡らしてくる…っ」
ここへ駆け込んだあと、亜嵩の汗をぬぐうのに使ったハンカチを手に浩正が教室のそとに飛び出そうとしたそのとき、
「―――…いや、そんな時間は多分ないよ」
静かな声音で、カルフが制止する。
半ば必死の形相で振り返った浩正に、カルフは口許に人差し指を当てて言った。
「あざといね。どうやら嗅ぎ付けられたらしい」
「亜嵩の寺の人間か…!」
「だけじゃない」
そう言い指した先の窓を覗いて、一同は揃って絶句した。
皆が見下ろす校舎から窺える正門、その前に。
亜嵩が目覚めてすぐに全力疾走を余儀なくされた元凶である、見目だけは麗しい若い男女の姿ともう1つ。
彼らよりやや後方に蠢く影。
亜嵩と関わったときから知っている。それらが、どれほど危険な存在かを。
そして彼らは知らない。それらが、一体「何」なのかを。
ただこれまでのことを見る限り、それらが狙っているのも、亜嵩の祖父指揮する寺の者たちが追う理由も恐らくは同じ、史義の刀にあることだけは理解できた。
「うっわ、がっちり脱出口を固めてくれちゃって…」
浩正がそう毒づくと、
「…逃げるのは、もうやめだ…」
後方で、むくりと起き上がる姿がある。
もう誰も、制止はしなかった。
そうしたところで無駄だということを、もう皆十分に理解したからだ。
だって彼は、どんなにつらくとも苦しくとも、決して諦めることはない。
何度でも立ち上がって、現状に抗おうとする。
それが、高來寺亜嵩という少年なのだ。
だから代わりに、さりげなく差しのべられる手がある。
ふらつかないようにと、後ろから支えてくれる手がある。
彼がためらわなくていいように、力強く頷いてくれる仲間がある。
支えられながら窓の下を窺って、亜嵩は顔色ひとつ変えずに言った。
「あれが、鴇と史義の実の父親か」
「え…!?」
亜嵩の言葉に一同が揃って振り返る。ただひとり、唯月だけが驚く様子もなく、静かに頷いた。
「やはり気づきましたね」
「ちょっと待て唯月、それはどういう…」
鴇が動揺も露にして尋ねる。
彼の動揺は尤もだ。
鴇はあの黒い影が、史義の刀を狙う危険な存在だということは知っていた。
亜嵩と出会う前、まだ記憶もなかったあの頃から、歴代の高來寺住職を、そして、鴇に協力しようとする高來寺の人間を執拗に追ってきていた、あの影集団。
その行動から、きっと生前の自分に何かしらの因縁があるのだろうことは察せられたが、その正体までは突き止めることができなかった。
「あれが…あの黒い影が、俺らの親父だと…?」
「ああ、初めて会ったときはわかんなかったけど、嵩尚に記憶を見せてもらって、色々知って、はっきり見えるようになった」
荒く呼吸を続ける亜嵩の目が剣呑にひそめられる。
「あの黒い影が靄みたいになって姿が隠れてるけど、確かに一人だけ、姿が見える奴がいる」
そして。
窓辺に立つこの兄弟には決して言うまいが、その姿は確かに、このふたりに似ているものがあって。
どちらかというと知的な目をした史義の方が顔が近いか。そして、ふたりと同じく、すらりとした長身。
ふたりが壮年期に差し掛かる頃にはあんな感じになるのだろうかと想像できる。
しかし、決定的に違うところがひとつ。
鴇と史義のどちらも、あの男のように禍々しい光を宿した目はしないということだ。
間違いなく、あの黒い影の中に紛れて、鴇と史義の実の父親がいる。
カルフと出会ったあの日、帰途につく亜嵩を襲撃したのは、あの男だったのだ。
「あいつが、真実史義の刀を狙う親玉だ。
そして」
すべての始まりはどこからだったのか。
けれど今、はっきりと言えるのはただひとつだ。
「奉行の連中に史義の刀のことを教えて裏で手を引いていたのも、鴇と信頼しあってたシャオ…唯月を利用したのも」
「『利用した』だと…!?」
「そう、どういう術だか技だか使ったのかはわからないけど、唯月が、しかも恩人の息子を手にかけるなんて普通考えるはずがない。唯月は、利用されたんだ―――あの男に」
亜嵩の言葉に、亜嵩を支える手がわずかに震える。
彼がどれだけの感情を圧し殺して今まで生きてきたのか、亜嵩には到底想像がつかない。
だが、彼が鴇と史義に許しを受けてなお痛みを抱え続けていることだけは、亜嵩にも十分すぎるほど伝わってきた。
ましてやそれが、自分の意思に反しての結果であったとすればなおのこと。
「―――唯月」
振り返らぬまま鴇が名を呼ぶ。
呼ばれた唯月は、鴇の背を見つめた。
彼の言葉を、想いを、自分は決して否定しない。
彼がもし自分を責め罵ったとしても、それは自分が受けるべき罰なのだ。
だからただ、黙して受け止める。それだけだ。
「ひとつ教えろ…お前は、自分の意思で俺を殺したわけじゃないんだな…?」
かすかに、ほんのかすかにだが、鴇の声が震えている。
それに気づいてか、唯月はゆっくり間を置いて答えた。
「殺したのは、俺の意思じゃあありません。でも、あの男に命ぜられるままに動く自分を、止められなかったのは、俺の責任です…」
答える唯月の声もわずかに震えていた。
支えられたままの亜嵩は、 そっと振り返ろうとして…やめた。
唯月が今どんな表情なのかは、振り返らなくてもわかる。
代わりに亜嵩は、未だ背を向けたままの鴇を見つめた。
窓辺に映るはずの鴇の顔は、しかしそこにはなくて。
同じく窓に姿の映っていない史義もまた、静かに隣で弟の言葉を待つ。
しばしの沈黙を先に破ったのは鴇だった。
「…っバカ!!」
やおら振り返ると同時、彼はそう叫んだ。
まるで子どもの喧嘩口調のようで、思わず小さく吹き出した史義が、鴇の隣で慌ててごまかしたのを亜嵩は見た。
それほどに、今のは不意打ちだった。
そんな兄の様子などに気づくはずもなく、肩を怒らせながら鴇はさらに続ける。
「お前の意思じゃねぇのになんでずっと自分のせいとか思ってたんだよ…!!」
「…は?」
これまた不意打ち。
とっさに反応できずに目をキョトンとさせる唯月の前に仁王立ちし、鴇は言った。
「要は全部あいつのせいなんだろ!?
…なら、もう自分を責めるのはやめだ」
「鴇…」
唯月の目が、大きく見開かれる。
つまり鴇が怒っているのは、唯月が利用されたことに対してではなく、利用されたことを唯月自身が自分の責だとしていることそのものに対してだったのだ。
鴇の目が、唯月に対して真っ直ぐ向けられる。
それは、誰をも責めていない、ひたむきな目。
その目を唯月は知っている。
信頼していたはずの唯月に貫かれてなお彼はそんな目をしていた。
驚愕に顔を歪ませながらも、彼の目は決して唯月を責めてはいなかったのだ。
その心に応えられなかったことを、どれほど悔やんだことか。
けれど、彼が言うのなら、もう振り返りはしない。
どれほど後悔を積み重ねたところで、過ぎ去った時間は戻りはしないのだから。
だから。
「ならば頭、俺に今一度、あんたの背中、預けさせてもらえませんか…?」
頭、と。あえてもう一度鴇をそう呼ぶ。
一度は裏切った手前で、何を言うかと思われるかもしれない。
それでももし、もう一度だけ、許されるのならば。
頭と呼ぶことを、許してくれるのならば。
「―…当たり前だろ、ばか」
あの変わらぬ目が、強い光を灯して輝く。
唯月を利用したあの男のような禍々しさなど露も感じさせない、揺らぎのない決意のこもった目だ。
そして彼は眼下に立ち塞がる敵を見下ろしてこう言った。
「すべての元凶はあいつなんだろ?なら、やることはひとつだ」
あの、養父から与えられた西洋の刀を抜き、刃の先を眼下に立つ黒い影たちへと向けて、
「あいつらをぶっ倒す!!そんでもって、俺たちの因縁をここで断ち切る」
彼の言葉に、迷いは見られない。
鴇のその宣言を受けて、一同も意を決したように首肯した。
「鴇、史義」
まだ少し幼さの残る柔らかな声音がふたりを呼ぶ。
ふたりは揃って振り返った。
ふたりの視線が、ひとりの少年へと向けられる。
すべての鍵を握る、そして、恐らくは、唯一この戦いを終わらせる可能性を持ちうる少年へと。
少年と出会ってまだ一週間と経っていない。
けれど少年と出会って今日までに、本当にいろんな事があった。
亜嵩の父を含め、歴代の高來寺の人間が手を尽くしても変えられなかった様々な事態が、この少年が現れたことによって一変した。
未だかつて、誰も成し得なかったことを、亜嵩はやり遂げようとしている。
もしもここで敗すれば、亜嵩は恐らく、命を落とすことになるだろう。
それでも亜嵩はもう迷わない。
「俺に、戦うための力を貸してくれ」
ふたりを信じて、彼はそう言う。
捨て身でもなく、責任転嫁もせず、あくまで共に戦う者として。
そうして差しのべられたふたつの手を、彼はしっかり握りしめた。
その手に温もりはもう無くとも、その手が心から信じられることを、亜嵩はもう、知っている。
「暗殺者だか亡霊だか知らねえが、徹底的に叩きのめすぞ」
そして亜嵩は歩き始めた。
この物語の、終わりに向けて。
というより、偽る必要性など皆無だ。
だから素直に答える。そして大抵の場合、返ってくる反応といえば驚きなどと生ぬるい言葉では到底表しがたい…そう、言うなれば恐怖、畏怖。そういう類のもの。
そんな反応だからといって特に気にすることもないし、むしろ光栄だとも取れる。
だから告げるのだ。それを問うたことを、後悔させるかのように。
その男、代々暗殺を生業とする一族。
「殺し」を、日々の糧として生きる、そういう存在であった。
亜嵩の呼吸が先程に比べ早くなっていることに最初に気づいたのは司だった。
亜嵩に感づかれないよう注意を払いながら他の者にも目配せで知らせる。
全員が気づいたときには既に遅かった。
次の瞬間、亜嵩の体は力を失って傾ぎ、そのままその場に倒れこんだ。
「亜嵩…!」
悲鳴に近い叫び声にとっさに反応した鴇が手を伸ばして―――けれども霊体の彼に、亜嵩を支えることは叶わず、代わって唯月がその体を抱えた。
血の気の失った白い顔には大量の汗がにじみ、今現在かなり危険な状態を示している。
額に触れるまでもなくかなりの高熱を出していることは一目瞭然だった。
「こんな状態でよく憑依に堪えられたものだ…っ」
顔を歪め、絞り出すようにそう呟いたのは鴇の隣にいる史義だ。
鴇が案じるように窺うと、兄は目を合わせないままで鴇の頭を軽く数度叩いた。
幼い頃から、そうして自身が鴇を責めていないことを伝えるところは相変わらずだ。
「気休めにしかならないかもしれないけど…」
そう言って司は自分の上着を床に敷く。直接冷たい床に亜嵩を寝かせるよりは付加がかからないだろうとの配慮だ。
「俺、ハンカチ濡らしてくる…っ」
ここへ駆け込んだあと、亜嵩の汗をぬぐうのに使ったハンカチを手に浩正が教室のそとに飛び出そうとしたそのとき、
「―――…いや、そんな時間は多分ないよ」
静かな声音で、カルフが制止する。
半ば必死の形相で振り返った浩正に、カルフは口許に人差し指を当てて言った。
「あざといね。どうやら嗅ぎ付けられたらしい」
「亜嵩の寺の人間か…!」
「だけじゃない」
そう言い指した先の窓を覗いて、一同は揃って絶句した。
皆が見下ろす校舎から窺える正門、その前に。
亜嵩が目覚めてすぐに全力疾走を余儀なくされた元凶である、見目だけは麗しい若い男女の姿ともう1つ。
彼らよりやや後方に蠢く影。
亜嵩と関わったときから知っている。それらが、どれほど危険な存在かを。
そして彼らは知らない。それらが、一体「何」なのかを。
ただこれまでのことを見る限り、それらが狙っているのも、亜嵩の祖父指揮する寺の者たちが追う理由も恐らくは同じ、史義の刀にあることだけは理解できた。
「うっわ、がっちり脱出口を固めてくれちゃって…」
浩正がそう毒づくと、
「…逃げるのは、もうやめだ…」
後方で、むくりと起き上がる姿がある。
もう誰も、制止はしなかった。
そうしたところで無駄だということを、もう皆十分に理解したからだ。
だって彼は、どんなにつらくとも苦しくとも、決して諦めることはない。
何度でも立ち上がって、現状に抗おうとする。
それが、高來寺亜嵩という少年なのだ。
だから代わりに、さりげなく差しのべられる手がある。
ふらつかないようにと、後ろから支えてくれる手がある。
彼がためらわなくていいように、力強く頷いてくれる仲間がある。
支えられながら窓の下を窺って、亜嵩は顔色ひとつ変えずに言った。
「あれが、鴇と史義の実の父親か」
「え…!?」
亜嵩の言葉に一同が揃って振り返る。ただひとり、唯月だけが驚く様子もなく、静かに頷いた。
「やはり気づきましたね」
「ちょっと待て唯月、それはどういう…」
鴇が動揺も露にして尋ねる。
彼の動揺は尤もだ。
鴇はあの黒い影が、史義の刀を狙う危険な存在だということは知っていた。
亜嵩と出会う前、まだ記憶もなかったあの頃から、歴代の高來寺住職を、そして、鴇に協力しようとする高來寺の人間を執拗に追ってきていた、あの影集団。
その行動から、きっと生前の自分に何かしらの因縁があるのだろうことは察せられたが、その正体までは突き止めることができなかった。
「あれが…あの黒い影が、俺らの親父だと…?」
「ああ、初めて会ったときはわかんなかったけど、嵩尚に記憶を見せてもらって、色々知って、はっきり見えるようになった」
荒く呼吸を続ける亜嵩の目が剣呑にひそめられる。
「あの黒い影が靄みたいになって姿が隠れてるけど、確かに一人だけ、姿が見える奴がいる」
そして。
窓辺に立つこの兄弟には決して言うまいが、その姿は確かに、このふたりに似ているものがあって。
どちらかというと知的な目をした史義の方が顔が近いか。そして、ふたりと同じく、すらりとした長身。
ふたりが壮年期に差し掛かる頃にはあんな感じになるのだろうかと想像できる。
しかし、決定的に違うところがひとつ。
鴇と史義のどちらも、あの男のように禍々しい光を宿した目はしないということだ。
間違いなく、あの黒い影の中に紛れて、鴇と史義の実の父親がいる。
カルフと出会ったあの日、帰途につく亜嵩を襲撃したのは、あの男だったのだ。
「あいつが、真実史義の刀を狙う親玉だ。
そして」
すべての始まりはどこからだったのか。
けれど今、はっきりと言えるのはただひとつだ。
「奉行の連中に史義の刀のことを教えて裏で手を引いていたのも、鴇と信頼しあってたシャオ…唯月を利用したのも」
「『利用した』だと…!?」
「そう、どういう術だか技だか使ったのかはわからないけど、唯月が、しかも恩人の息子を手にかけるなんて普通考えるはずがない。唯月は、利用されたんだ―――あの男に」
亜嵩の言葉に、亜嵩を支える手がわずかに震える。
彼がどれだけの感情を圧し殺して今まで生きてきたのか、亜嵩には到底想像がつかない。
だが、彼が鴇と史義に許しを受けてなお痛みを抱え続けていることだけは、亜嵩にも十分すぎるほど伝わってきた。
ましてやそれが、自分の意思に反しての結果であったとすればなおのこと。
「―――唯月」
振り返らぬまま鴇が名を呼ぶ。
呼ばれた唯月は、鴇の背を見つめた。
彼の言葉を、想いを、自分は決して否定しない。
彼がもし自分を責め罵ったとしても、それは自分が受けるべき罰なのだ。
だからただ、黙して受け止める。それだけだ。
「ひとつ教えろ…お前は、自分の意思で俺を殺したわけじゃないんだな…?」
かすかに、ほんのかすかにだが、鴇の声が震えている。
それに気づいてか、唯月はゆっくり間を置いて答えた。
「殺したのは、俺の意思じゃあありません。でも、あの男に命ぜられるままに動く自分を、止められなかったのは、俺の責任です…」
答える唯月の声もわずかに震えていた。
支えられたままの亜嵩は、 そっと振り返ろうとして…やめた。
唯月が今どんな表情なのかは、振り返らなくてもわかる。
代わりに亜嵩は、未だ背を向けたままの鴇を見つめた。
窓辺に映るはずの鴇の顔は、しかしそこにはなくて。
同じく窓に姿の映っていない史義もまた、静かに隣で弟の言葉を待つ。
しばしの沈黙を先に破ったのは鴇だった。
「…っバカ!!」
やおら振り返ると同時、彼はそう叫んだ。
まるで子どもの喧嘩口調のようで、思わず小さく吹き出した史義が、鴇の隣で慌ててごまかしたのを亜嵩は見た。
それほどに、今のは不意打ちだった。
そんな兄の様子などに気づくはずもなく、肩を怒らせながら鴇はさらに続ける。
「お前の意思じゃねぇのになんでずっと自分のせいとか思ってたんだよ…!!」
「…は?」
これまた不意打ち。
とっさに反応できずに目をキョトンとさせる唯月の前に仁王立ちし、鴇は言った。
「要は全部あいつのせいなんだろ!?
…なら、もう自分を責めるのはやめだ」
「鴇…」
唯月の目が、大きく見開かれる。
つまり鴇が怒っているのは、唯月が利用されたことに対してではなく、利用されたことを唯月自身が自分の責だとしていることそのものに対してだったのだ。
鴇の目が、唯月に対して真っ直ぐ向けられる。
それは、誰をも責めていない、ひたむきな目。
その目を唯月は知っている。
信頼していたはずの唯月に貫かれてなお彼はそんな目をしていた。
驚愕に顔を歪ませながらも、彼の目は決して唯月を責めてはいなかったのだ。
その心に応えられなかったことを、どれほど悔やんだことか。
けれど、彼が言うのなら、もう振り返りはしない。
どれほど後悔を積み重ねたところで、過ぎ去った時間は戻りはしないのだから。
だから。
「ならば頭、俺に今一度、あんたの背中、預けさせてもらえませんか…?」
頭、と。あえてもう一度鴇をそう呼ぶ。
一度は裏切った手前で、何を言うかと思われるかもしれない。
それでももし、もう一度だけ、許されるのならば。
頭と呼ぶことを、許してくれるのならば。
「―…当たり前だろ、ばか」
あの変わらぬ目が、強い光を灯して輝く。
唯月を利用したあの男のような禍々しさなど露も感じさせない、揺らぎのない決意のこもった目だ。
そして彼は眼下に立ち塞がる敵を見下ろしてこう言った。
「すべての元凶はあいつなんだろ?なら、やることはひとつだ」
あの、養父から与えられた西洋の刀を抜き、刃の先を眼下に立つ黒い影たちへと向けて、
「あいつらをぶっ倒す!!そんでもって、俺たちの因縁をここで断ち切る」
彼の言葉に、迷いは見られない。
鴇のその宣言を受けて、一同も意を決したように首肯した。
「鴇、史義」
まだ少し幼さの残る柔らかな声音がふたりを呼ぶ。
ふたりは揃って振り返った。
ふたりの視線が、ひとりの少年へと向けられる。
すべての鍵を握る、そして、恐らくは、唯一この戦いを終わらせる可能性を持ちうる少年へと。
少年と出会ってまだ一週間と経っていない。
けれど少年と出会って今日までに、本当にいろんな事があった。
亜嵩の父を含め、歴代の高來寺の人間が手を尽くしても変えられなかった様々な事態が、この少年が現れたことによって一変した。
未だかつて、誰も成し得なかったことを、亜嵩はやり遂げようとしている。
もしもここで敗すれば、亜嵩は恐らく、命を落とすことになるだろう。
それでも亜嵩はもう迷わない。
「俺に、戦うための力を貸してくれ」
ふたりを信じて、彼はそう言う。
捨て身でもなく、責任転嫁もせず、あくまで共に戦う者として。
そうして差しのべられたふたつの手を、彼はしっかり握りしめた。
その手に温もりはもう無くとも、その手が心から信じられることを、亜嵩はもう、知っている。
「暗殺者だか亡霊だか知らねえが、徹底的に叩きのめすぞ」
そして亜嵩は歩き始めた。
この物語の、終わりに向けて。
PR
彼は繰り返しこう問う。
「後悔はないか」
もうその質問は何度目だ。
これまでに、一体何度同じ質問を繰り返されてきただろう。
そろそろいい加減聞き飽きてきたところだ。
だから、もうこれで最後。
「後悔がなくてこんなところまで来るもんか」
すると奴は今度はこう尋ねる。
「覚悟はあるか」と。
その問いには、俺一人では答えられない。
何故なら、これは俺一人の問題ではないからだ。
鴇の、史義の、浩正の、司の、カルフの、嵩尚の、シャオの、みんなの覚悟ができて初めて、物語は前に進む。
だから、これには皆で応えよう。
さあ。
「…ていうかさぁ、さっきから思ってたんだけど」
亜嵩の一喝により、ようやく落ち着きを取り戻した雰囲気をまたもや一蹴したのは、今度はカルフだった。
またかと言わんばかりに司の表情が険しくなる。
「また話の腰を折る気?もう阿呆トークは勘弁してよ」
「うんざりなのは勝手だけど、俺をそこのおバカさんコンビと一緒にしないでよ。俺のは至って真面目な話。
ていうかさ」
そう言い置いてから、カルフは一人を指差した。
指差された当人はきょとんとしている。
「…俺?」
「そう、君。
さあ愚弟、この様子を見て何か気づくことはないか?」
ふいに話をふられた司は、亜嵩には絶対しないような、心底迷惑そうな顔をした。
当然それを、嵩尚を通じて亜嵩もちゃんと見ているのだが、今の司にはそこまで気を回していられないようだ。
(ほんと司って、他の人には冷たいよな…)
ついそんなことを呟かれたので、嵩尚はそっと微笑んで返すだけにとどめた。
下手に笑えばとんだ火の粉を被りかねない。
(彼の先祖…僕の友人も、そんなところがあったよ)
(成程、遺伝か)
(いや…それはどうかな…)
亜嵩の内ではそんなやりとりがなされていたのだが、まあそれはさておき。
話をふられた以上は答えざるを得ないので、司は改めて指差された人物―――浩正を見た。
「…あ、もしかして」
「えっ、何々!?」
浩正が身を乗り出して問う。と、
「浩正、さっきから見えてない?」
「………へ?」
唐突に言われ、浩正は目をさらに丸くした。
「いや、だから幽霊」
「こら愚弟、仮にも兄を、それも守護を引き受けているこの兄を、そこの阿呆兄弟と同じ括りにしないでくれたまえよ」
「うっさい黙れ。
浩正さっき、こちらの…唯月さん?が現れて、鴇が剣を抜いてかかろうとしたとき、一番に叫んだのは君だった。違う?」
言われて一同も確かにと頷く。
『おいよせ鴇…!』
教室に入ってきたのが唯月とわかった途端、剣を抜いて駆け出した彼に対して、確かに浩正はそう叫んでいた。
そして、鴇を背後にとどめるような形で制止したのも彼だ。
鴇は幽霊だ。
浩正が自身を明かした際、自分は幽霊が見えないと言っていた。
だが、鴇を制止したのは確かに浩正だ。
幽霊が見えてこそできる行為のはずなのに。
「そして更に、彼は亜嵩の器に嵩尚が出現したことに気づいた。幽霊も見えない人間に、そんなことわかるはずもない。
あと…」
口を挟んで、カルフは再度浩正を指差した。
それにならって、浩正もカルフを見る。
幽霊と同列にあたる、カルフの姿を。
「君は今、指差されたのに反応して、俺を見たね?
つまり、俺が見えてる」
指摘を受けて、浩正はしばし目をぱちくりさせていた。つかの間をおいて、間抜けな声が彼の口から漏れた。
「…ほへ?」
「あー馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、幽霊が見えるようになってたことにこれほどきれいに気づけないなんてね。
もうこれは馬鹿とかそういうレベルじゃない、もう一種の才能だわ」
「えっ?才能!?そ、そうかな…」
司のあからさまに皮肉な台詞に込められた意味にも当然気づくことはなく、めったに言われない単語に浩正は照れる。
本人言ったところで意味はないことはわかっていても、思わずため息を漏らさずにはいられない司である。
「でも、どうして幽霊が見えないはずの彼に、今になって幽霊が視認できるように…」
唯月がそう言い、司も不承不承ながら頷く。
「あともう一つ突っ込むなら、彼が守弘云々の話をした際、幽霊が見えないって言ってた時点でもう既に見えてたよねー」
カルフが明るく言いはなったので、逆に浩正は顔を真っ赤にして俯く羽目になった。
軽く嫌がらせだ。
(なんか、似てないと思ってたけど、人の弱味を情け容赦なくつくところはまるでそっくりだな、あいつら)
(亜嵩、それ思っても絶対口に出しちゃダメだよ…)
引き続き亜嵩の内では前世と今世でこんなやりとりがされていたりもする。
「で、話を戻してさっきの唯月の言ったことだけど、彼がさっきから幽霊を視認できるようになったのは、単純にそこの亜嵩君のおかげ」
「え?」
誰とはなしに声が上がる。
にんまりと笑って、カルフは続けた。
「さっき話したように、鴇の憑依を受けて亜嵩は現在力を発動してる状態にある。…まあ嵩尚が出現したことによってその力も徐々に抑えられつつあるけど…。
そして亜嵩は今回、本人の意思に反してではあるものの、初めて力を解放した。初めての時って、なんでもそうだけど、不必要に力入っちゃうじゃん?それと同じで亜嵩もまだ力加減を知らないまま力を発動させてるから、必要以上の力が出てる。その余波で、鴇や俺が見えるまでに俺たちが影響を受けているんだよ」
「まあ、僕の頃よりも、亜嵩の方が力の発動してる量が大きいのもあるけどね。
彼は僕以上の力の才を持っている…」
(力の『才』…?)
カルフの言葉を継いでそう口を挟み、嵩尚は内で聞いている亜嵩にもわかるように意識しながら続けた。
「僕も亜嵩も、普段の生活において力を感じることや、影響が出ることはない。ただ、この力は強大だ。発動するには術者自身の『才』が必要になってくる。簡単にいうなら、力を使うための土台がしっかりしてないと壊れてしまうっていうことだね。
僕ははっきり言って、あのとき、力を発動しようとして失敗してる。だから力は暴走し、村をも壊滅させてしまった。要するに、僕はこの力を持つ器…土台にはなれなかったってことだね」
そう言う嵩尚の表情が翳る。
望んで使おうとしたわけではないけれど、それでも悲劇は起こった。それを、彼が悔やまない日はない。
「逆に亜嵩の場合、力が亜嵩を守護しようとしている。これは文献を見る限りでも、初代を除いて他に例はない」
(力が俺を…『守って』る?)
先ほどカルフに言われたことを思い返す。
亜嵩が勝手に鴇の憑依を許したとはいえ、この力は亜嵩の命を蝕むと、カルフはそう言った。
ならば『守護』するとは?
亜嵩が内から問いかける。
嵩尚はひとつ頷いて答えた。
「うん、確かにさっき、そちらの守護霊には命を削り取られると言われたね。それは確かだ、偽りではないよ」
(じゃあ…)
「けれど、それは力が肉体に作用しているもの。力自体は亜嵩の意思に従おうとしてる。
…亜嵩、君は神に、この地を守護する者としてふさわしいと、認められたんだよ」
自分では叶わなかった。
自分では力足らずだった。
けれど、
「じゃあ、俺なら終わらせられるんだな?この戦いを」
(うん、君ならきっと…)
きっと、終わらせられる。
「後悔はないか」
もうその質問は何度目だ。
これまでに、一体何度同じ質問を繰り返されてきただろう。
そろそろいい加減聞き飽きてきたところだ。
だから、もうこれで最後。
「後悔がなくてこんなところまで来るもんか」
すると奴は今度はこう尋ねる。
「覚悟はあるか」と。
その問いには、俺一人では答えられない。
何故なら、これは俺一人の問題ではないからだ。
鴇の、史義の、浩正の、司の、カルフの、嵩尚の、シャオの、みんなの覚悟ができて初めて、物語は前に進む。
だから、これには皆で応えよう。
さあ。
「…ていうかさぁ、さっきから思ってたんだけど」
亜嵩の一喝により、ようやく落ち着きを取り戻した雰囲気をまたもや一蹴したのは、今度はカルフだった。
またかと言わんばかりに司の表情が険しくなる。
「また話の腰を折る気?もう阿呆トークは勘弁してよ」
「うんざりなのは勝手だけど、俺をそこのおバカさんコンビと一緒にしないでよ。俺のは至って真面目な話。
ていうかさ」
そう言い置いてから、カルフは一人を指差した。
指差された当人はきょとんとしている。
「…俺?」
「そう、君。
さあ愚弟、この様子を見て何か気づくことはないか?」
ふいに話をふられた司は、亜嵩には絶対しないような、心底迷惑そうな顔をした。
当然それを、嵩尚を通じて亜嵩もちゃんと見ているのだが、今の司にはそこまで気を回していられないようだ。
(ほんと司って、他の人には冷たいよな…)
ついそんなことを呟かれたので、嵩尚はそっと微笑んで返すだけにとどめた。
下手に笑えばとんだ火の粉を被りかねない。
(彼の先祖…僕の友人も、そんなところがあったよ)
(成程、遺伝か)
(いや…それはどうかな…)
亜嵩の内ではそんなやりとりがなされていたのだが、まあそれはさておき。
話をふられた以上は答えざるを得ないので、司は改めて指差された人物―――浩正を見た。
「…あ、もしかして」
「えっ、何々!?」
浩正が身を乗り出して問う。と、
「浩正、さっきから見えてない?」
「………へ?」
唐突に言われ、浩正は目をさらに丸くした。
「いや、だから幽霊」
「こら愚弟、仮にも兄を、それも守護を引き受けているこの兄を、そこの阿呆兄弟と同じ括りにしないでくれたまえよ」
「うっさい黙れ。
浩正さっき、こちらの…唯月さん?が現れて、鴇が剣を抜いてかかろうとしたとき、一番に叫んだのは君だった。違う?」
言われて一同も確かにと頷く。
『おいよせ鴇…!』
教室に入ってきたのが唯月とわかった途端、剣を抜いて駆け出した彼に対して、確かに浩正はそう叫んでいた。
そして、鴇を背後にとどめるような形で制止したのも彼だ。
鴇は幽霊だ。
浩正が自身を明かした際、自分は幽霊が見えないと言っていた。
だが、鴇を制止したのは確かに浩正だ。
幽霊が見えてこそできる行為のはずなのに。
「そして更に、彼は亜嵩の器に嵩尚が出現したことに気づいた。幽霊も見えない人間に、そんなことわかるはずもない。
あと…」
口を挟んで、カルフは再度浩正を指差した。
それにならって、浩正もカルフを見る。
幽霊と同列にあたる、カルフの姿を。
「君は今、指差されたのに反応して、俺を見たね?
つまり、俺が見えてる」
指摘を受けて、浩正はしばし目をぱちくりさせていた。つかの間をおいて、間抜けな声が彼の口から漏れた。
「…ほへ?」
「あー馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、幽霊が見えるようになってたことにこれほどきれいに気づけないなんてね。
もうこれは馬鹿とかそういうレベルじゃない、もう一種の才能だわ」
「えっ?才能!?そ、そうかな…」
司のあからさまに皮肉な台詞に込められた意味にも当然気づくことはなく、めったに言われない単語に浩正は照れる。
本人言ったところで意味はないことはわかっていても、思わずため息を漏らさずにはいられない司である。
「でも、どうして幽霊が見えないはずの彼に、今になって幽霊が視認できるように…」
唯月がそう言い、司も不承不承ながら頷く。
「あともう一つ突っ込むなら、彼が守弘云々の話をした際、幽霊が見えないって言ってた時点でもう既に見えてたよねー」
カルフが明るく言いはなったので、逆に浩正は顔を真っ赤にして俯く羽目になった。
軽く嫌がらせだ。
(なんか、似てないと思ってたけど、人の弱味を情け容赦なくつくところはまるでそっくりだな、あいつら)
(亜嵩、それ思っても絶対口に出しちゃダメだよ…)
引き続き亜嵩の内では前世と今世でこんなやりとりがされていたりもする。
「で、話を戻してさっきの唯月の言ったことだけど、彼がさっきから幽霊を視認できるようになったのは、単純にそこの亜嵩君のおかげ」
「え?」
誰とはなしに声が上がる。
にんまりと笑って、カルフは続けた。
「さっき話したように、鴇の憑依を受けて亜嵩は現在力を発動してる状態にある。…まあ嵩尚が出現したことによってその力も徐々に抑えられつつあるけど…。
そして亜嵩は今回、本人の意思に反してではあるものの、初めて力を解放した。初めての時って、なんでもそうだけど、不必要に力入っちゃうじゃん?それと同じで亜嵩もまだ力加減を知らないまま力を発動させてるから、必要以上の力が出てる。その余波で、鴇や俺が見えるまでに俺たちが影響を受けているんだよ」
「まあ、僕の頃よりも、亜嵩の方が力の発動してる量が大きいのもあるけどね。
彼は僕以上の力の才を持っている…」
(力の『才』…?)
カルフの言葉を継いでそう口を挟み、嵩尚は内で聞いている亜嵩にもわかるように意識しながら続けた。
「僕も亜嵩も、普段の生活において力を感じることや、影響が出ることはない。ただ、この力は強大だ。発動するには術者自身の『才』が必要になってくる。簡単にいうなら、力を使うための土台がしっかりしてないと壊れてしまうっていうことだね。
僕ははっきり言って、あのとき、力を発動しようとして失敗してる。だから力は暴走し、村をも壊滅させてしまった。要するに、僕はこの力を持つ器…土台にはなれなかったってことだね」
そう言う嵩尚の表情が翳る。
望んで使おうとしたわけではないけれど、それでも悲劇は起こった。それを、彼が悔やまない日はない。
「逆に亜嵩の場合、力が亜嵩を守護しようとしている。これは文献を見る限りでも、初代を除いて他に例はない」
(力が俺を…『守って』る?)
先ほどカルフに言われたことを思い返す。
亜嵩が勝手に鴇の憑依を許したとはいえ、この力は亜嵩の命を蝕むと、カルフはそう言った。
ならば『守護』するとは?
亜嵩が内から問いかける。
嵩尚はひとつ頷いて答えた。
「うん、確かにさっき、そちらの守護霊には命を削り取られると言われたね。それは確かだ、偽りではないよ」
(じゃあ…)
「けれど、それは力が肉体に作用しているもの。力自体は亜嵩の意思に従おうとしてる。
…亜嵩、君は神に、この地を守護する者としてふさわしいと、認められたんだよ」
自分では叶わなかった。
自分では力足らずだった。
けれど、
「じゃあ、俺なら終わらせられるんだな?この戦いを」
(うん、君ならきっと…)
きっと、終わらせられる。
大学時代より続けてきましたこちらのブログですが、このたびお引っ越しをすることになりました。
タイトルもちょいと変わりました!
その名も「鬼の些細な囁き」です♪
どこまでいっても鬼ちゃんです(笑)
URLはこちら→http://crown3226.blog.fc2.com/
こちらのブログもしばらくは残しておくつもりですので、また何かの機会に遊びに来てくださいませ♪♪
引き続き「鬼の些細な囁き」にてよろしくお願いいたします。
小説も改めて移動予定です。
ちょいちょい書き直しつつ更新する予定ですので少し遅くなると思いますが、以前とどこが変わったのかも楽しんでいただければと思います。
こちらに現在投稿されている小説全話が更新完了するまでは引き続きこちら「鬼が謳う水辺」にて最新話を更新予定ですのでお楽しみにww
タイトルもちょいと変わりました!
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こちらに現在投稿されている小説全話が更新完了するまでは引き続きこちら「鬼が謳う水辺」にて最新話を更新予定ですのでお楽しみにww
いつからそうしていたのかはわからない。
気づいたとき、彼はすでにそこに座していた。
誰かの家なのか、それとも自分になにかしらの縁がある某かのお屋敷なのかそれはわからなかったが、とにかく彼は庭の見渡せる縁側に座していた。
今日は雲もなく心地よい陽当たりだ。だが、もっとも陽当たりのよい縁側にいながらそれを感じられないこと、そして何よりも、自身から伸びているはずの影が存在していないことから、ああ自分はもうすでに亡き存在なのだと気づく。
ただそのことに気づきながらも別段驚いていない自分に、成程この状態になってもう随分になるのだろうことだけは理解できた。
わかったことはもうひとつ。
そっと膝に乗せていた両手を開く。
若者の手としては十分にしっかりした逞しいその両の手には、何をしたのか、くっきりと裂傷が残っていた。それが、一体何による傷なのかは不明だが、少なくともこの傷を負ったのは、よほどの思念の下によるものなのだろうことは推察できた。
わかることはその二点。あとはまるで脳内に霧でもかかったかのように不明瞭で判然としない。
何よりも、自身が一体何者なのかが全く思い出せない。
記憶そのものを切り取られでもしたかのように、思い出そうにも、まず何を思い出せばいいのかすらわからないのだ。
こうなるともう、自分についてを思い出そうという行為そのものを諦めざるを得ない。
しかしながら、まぁいいかとすんなり諦めがつく辺りからして、どうやら自分は思案することに不向きな人間なのだろうことだけはわかることができた。
ただし、得たところであまり、というか、全く嬉しくない情報ではあったが。
とにもかくにも、彼は早々に自身のことを思い出すという行為を諦めていた。
何しろ自分はすでに生きてはいないのだ。なら、今更特に困ることもそうないだろう。
ただひとつ、悔やまれるとすればそれは。
(呼ばれる名前がわかんねぇのは、ちょっと寂しいかな…)
といったところで、死霊の名を誰が呼ぶというのか。
それでも、自分の名前だけは覚えておきたかったなぁと、ぼんやりとそう思った。
そのとき、
「―…!!」
誰かが叫んだ。
誰だろう。気のせいでなければ今聞こえたのは名前のようだったが。
首をかしげていると、
「―…?」
今度は訝った声で。だが、やはり聞こえてきた単語は先ほどと同じものだ。
(もしかして、俺を呼んでいるのか…?)
ようよう顔をあげて、背後を―――室内を振り返った。
今の今まで気づかなかったのだが、ふたりの男が座してこちらを見ていた。
ひとりは見るからに利口そうな青年。もうひとりは目も覚めるような激しい赤髪の男で、自分を呼んだのはどうやらこちらの方のようだ。
目が合うと、男は声に出さないままで再度、その単語を口にした。
と、き。
確かにそう言った。
それが、自分の名前なのか。
「『鴇』…」
声に出して、自分で反芻してみる。
成程確かに、記憶にはなくてもその名は何となくしっくりきた。
そうか、俺は『鴇』というのか。
ならば俺は一体、
「『俺』は誰なんだ―…?」
ああそうか、とふと鴇は顔をあげた。
唯月の話の腰をおる形で鴇が顔をあげたので、顔を付き合わせて話を聞いていた面々は、訝って鴇を顧みた。
「どうした鴇、何か…」
史義が心配そうな表情で鴇の顔を覗きこんでいる。
心配されていることに嬉しさから来るくすぐったさを感じる。
嬉しさの反動もあるが、気づけば変に間延びした声での返答になっていた。
「いやぁ、俺が記憶なくして最初に会ったの、そういや守弘と晃煉だったんだなーって」
唐突な告白に、史義の目が丸くなる。
客観視するとなかなかにユニークな表情になっていることにも気づく様子もなく、兄は続けて問う。
「…それで?」
「うん?」
「いや、他になにか重要なことを思い出したりは…」
「いんや?あーそういやそうだったなーって」
史義の目が、今度は徐々に座り始める。
「思った、と?」
「うん」
「今?」
「おう今よ」
へへんと胸を張ってそう答えるさほども年の変わらぬ弟に、史義は思わず脱力した。
自分でも十分間抜けだと思うこのやりとりに、周りの反応は実に爽快に二分されていた。
浩正とカルフは盛大に爆笑し、亜嵩(中身は嵩尚)や唯月、司に至ってはどうやら拍子抜けしたらしく、ぽかんとしており、声もでない様子だ。
つい今しがたまでは、亜嵩の体を借り受けた嵩尚が、過去の真相について話をしていた。
今まで謎のままだった史義・鴇兄弟の出自も話に出て、ここからが話の本筋というところで、その話の腰を折ってのこの問答だ。周囲の反応もごく自然と言える。
だが。
一度脱力した史義は、ゆらりと立ち上がると、やおら拳を振りかぶった。
げぃんっ
「い゛…っ!?」
綺麗に直撃した頭頂部を押さえ、鴇は涙目になりながら兄を振り返った。
「いきなり何すんだよ…!?」
「この大馬鹿者!!お前には場の空気というものが読めんのか!!」
「空気なんて見えねえもん、どうやって読むんだよ!!」
「ただでさえ阿呆なのに余計に阿呆だと思うようなことを言うな!!」
いい年をした男ふたりが、盛大に声を張り上げて口論を始めたため、一同はさりげなく端に移動した。
おそらく、誰も止める気などないだろう。
未だ唯月に支えられる形で座る亜嵩(中身は嵩尚)が、溜めているものを吐き出すように息をついたのに気づいた司は、とっさに亜嵩の顔色を窺った。
彼のそんな気回しを、嵩尚は見逃すことなどない。
死んで初めて、嵩尚は周囲にいる存在の大きさを知った。
それまで、自分の回りにいる者たちのことを、大事な仲間だとは思いつつも、実質それを表に出すことができなかった。
共に在ることの温かさに依存する一方で、いつかは自分の傍を離れるときが来るのだろうと心の端ではいつも思っていた。
それはきっと、守弘や晃煉にとって、限りなく失礼な感情だっただろう。
今だからわかる。そして、晃煉の血を引くこの少年が、今は自分の血を引く亜嵩を思ってくれていることの大切さを、嵩尚はもう気づいてやれる。
今更かもしれなくても、それは、嵩尚にとって大切なことだから。
だから。
「大丈夫だよ。亜嵩にはなるべく負荷をかけないようにしているから。
それよりも、あっちの間抜けな喧嘩に笑いを通り越して呆れてただけだよ」
「まぁ確かに…」
嵩尚のはっきりした口調と、決して強がりで見せたのではない笑顔に安堵してか、司の肩がほっと撫で下ろされる。
優しい子だと思う。
晃煉も、守弘に対してはいつも容赦ない正論でもって叩きのめしていたが、自由気ままな嵩尚にはどこか優しかった。
まあ大半は嵩尚の突拍子のなさに度肝を抜かれ、飛び火でいつも巻き込まれる守弘共々膝詰めで説教されることがほとんどではあったが。
それでも、晃煉も、そして守弘も優しかった。
本当に、温かくて、優しかったのだ。
そこへようやくと笑いが治まったらしい浩正とカルフ(いや、正確には治まりきっておらず、未だに肩は震えているのだが)が寄ってきた。
「ほんとあいつら空気ぶち壊してくれるよなーっ」
「それより彼らの会話の中で空気読む云々が出てきたことに俺はびっくりだけどね」
「え?昔って誰も空気読まなかったのか!?」
「いや…そういう意味ではなくて…」
「説明するだけ無駄だと思うよ。
浩正は阿呆だから、空気という認識が昔はなかったこと自体知らないだろうし」
「今司にさらっとバカにされたことだけはわかりました!!」
呆れる嵩尚の隣で、こちらはこちらでやはり低レベルな言い合いが勃発する。
もう自分にはお手上げと言わんばかりに盛大にため息をついて、唯月は嵩尚を覗き見た。
「もはや完全に話がそれてしまいましたね。
どうされます?」
「いいんじゃないかな。僕はむしろこの方が落ち着くけど」
「…いえ…しかしあまり脱線しすぎると、話が最後まで行き着かないのでは…。
ただでさえ、亜嵩の体をかばいながらの出現には、貴方自身の負荷が大きいでしょうに…」
彼の言葉に、はっと息を飲む気配が伝わる。
隣に移動してきていた司だ。
嵩尚は内心でしまったと思った。
唯月は何一つ嘘は言っていない。
事実嵩尚自身は力をひどく消耗し、こうして話ができるのももはやそう長くはないという自覚はあった。
だからこそ周囲には余計な不安感を与えまいとしていたのに。
しかしそれで唯月を責めるのもお門違いというものなので、あえて言及はしなかった。
代わりに、そっと目を伏せて答える。
「それでも、僕はこうして誰かと言い合いをしたり、喧嘩をしたりしたことがなかったし、本当はもっと、こんな雰囲気の中で過ごしていたかったと思っていたから…だから、これも僕にとっては大事な時間なんだよ」
その言葉に、今度は唯月がはっとなる。
彼は知っている。嵩尚という人物が、史義・鴇兄弟の存在を知るまで、何事にも無関心であったこと。そして、彼らと関わったがために、どのような末路を歩んだかということを。
彼の過ごした時間の中に、人と本気でぶつかり合い、互いに自身を伝えあうこのやりとりができたことなどありはしなかったのだ。
だから彼は今、こうして羨んでいる。
そして、慈しんでいる。
(…そして、彼が過ごせなかったこの時間を)
彼の魂を継いで、亜嵩が過ごしてゆく。
「…あ、ちょっと待ってね」
ふいに何かに気づいたかのように顔をあげた嵩尚は次の瞬間、ほんの半瞬、脱力した。
ふらついた彼をとっさに唯月が支えようとして―、
「うるせー…!!」
一喝、しっかりと仁王立ちした亜嵩が声も限りにそう叫んだ。
引き続きくだらない争いを繰り広げていた兄弟も、三つ巴での言い合いに発展していた面々も、これには目を丸くして振り返った。
茫然自失、という言葉が似合いそうな一同を前にして、金の瞳をらんらんと輝かせながらも、完全に肩を怒らせた亜嵩は吠える。
「時間ねぇっつってんのにくだらねぇことで無駄に時間を費やすな阿呆!
鴇!!お前が阿呆なのはよくわかったからもう話が終わるまで黙っとけ!!
史義!!弟にダメ出しする前に自分がどんだけ間抜けな突っ込みいれてるかまずそっちから見直せ!!
カルフと浩正と司はただ単純に五月蝿い!!」
一気に捲し立てたところで、しかし不調のままの体では負担が大きかったのか、ふらりとよろめく。
慌てて手を伸ばした唯月に支えられながら、亜嵩は付け加えて言った。
「あと、嵩尚も止めろばか…」
きっと彼の内では、嵩尚がころころと笑っているだろう。
それでも言わずにおれなかったのだろうと、亜嵩の性情を思い返してふと笑いが込み上げた。
「鴇、今度はなんだ…」
隣で急に笑いだしたので、もう半ば呆れ返った様子の史義が問いかける。
ついつい笑いだしてしまったのををこらえようと口を押さえながら、鴇は言った。
「思い出したんだよ。
あのとき、守弘と晃煉の側に横たわる嵩尚のことを」
全身に深手を負って、もう虫の息だった嵩尚。
彼がそこまで傷ついてまで守ろうとしてくれたものを、今ならきちんと知っている。
「俺さ、そういえばまだ嵩尚にちゃんと言えてなかったんだよな」
「なにを・・・」
問おうとして、史義はやめた。
今更そんなこと、聞くまでもない。
何しろ自分も、弟と同じ考えでいるのだから。
弟の頭をぽんぽんと叩いてやりながら、史義はほほ笑んだ。
「そうだな、俺たちはまだ彼に伝えられていない」
「うん」
頷いて、それから鴇は亜嵩を―――嵩尚を振り返った。
ならって史義も。
彼らの視線を受けて振り返った亜嵩はもう既に亜嵩ではなく、先ほどから顕現している嵩尚に戻っていた。
一同があまりに脱線しすぎていたために、生真面目な亜嵩は黙って見ていられず、それで一瞬だけ嵩尚と入れ替わったのだろう。
一喝するだけして即退散する辺りも、亜嵩らしいものだ。
亜嵩とは異なる、くすんだ色の双眸がふたりを映し出す。
ふたりはどちらともなしに頭を垂れた。
嵩尚の眼が軽く瞠られる。
「ありがとう」
そう紡いで、ふたりは嵩尚を再度見た。
助からなかった。
助けられなかった。
そして悲劇は起きた。
それでも、
「それでも俺たちは感謝してる。俺たちのためにいっぱい傷ついて、いっぱい悲しんで、そうして最後まで俺たちを救おうとしてくれた。俺たちと何の関わりもなかったあんたが、俺たちの力になってくれて本当にありがとう」
「俺も礼を言いたい。弟を、そしてこの俺を、守ろうとしてくれた。それに、こうして真実を教えてくれたからこそ、俺はもう二度と、弟を恨まなくて済んだんだ。ありがとう」
くすんだ瞳が、なぜと問うている。
救えなかった。
届かなかった。
恨みの一つも出ようところを、しかし彼らは感謝の言葉を述べた。
一体どうして。
嵩尚のその疑念を振り払うように、そのとき内から声がかかった。
(あんたのしたことを、あいつらは責めてなんかないんだ)
幼い少年の声。
重い荷を背負わせてしまったのに彼もまた恨み事ひとつ口にしない。
ただただ、しっかりと受け止めてくれた。
(あんたの思いは、きちんとふたりに届いてる。だから、あいつらは感謝してる。自分たちのために命をかけて戦ってくれたあんたに)
だからもう、いいんだよ。
もう、自分を責めなくていいんだよ。
もう、あんたは十分頑張ったから。
だから今は、ふたりの精一杯の感謝を、しっかりと受け止めて。
もう、あんたはひとりじゃないのだから。
気づいたとき、彼はすでにそこに座していた。
誰かの家なのか、それとも自分になにかしらの縁がある某かのお屋敷なのかそれはわからなかったが、とにかく彼は庭の見渡せる縁側に座していた。
今日は雲もなく心地よい陽当たりだ。だが、もっとも陽当たりのよい縁側にいながらそれを感じられないこと、そして何よりも、自身から伸びているはずの影が存在していないことから、ああ自分はもうすでに亡き存在なのだと気づく。
ただそのことに気づきながらも別段驚いていない自分に、成程この状態になってもう随分になるのだろうことだけは理解できた。
わかったことはもうひとつ。
そっと膝に乗せていた両手を開く。
若者の手としては十分にしっかりした逞しいその両の手には、何をしたのか、くっきりと裂傷が残っていた。それが、一体何による傷なのかは不明だが、少なくともこの傷を負ったのは、よほどの思念の下によるものなのだろうことは推察できた。
わかることはその二点。あとはまるで脳内に霧でもかかったかのように不明瞭で判然としない。
何よりも、自身が一体何者なのかが全く思い出せない。
記憶そのものを切り取られでもしたかのように、思い出そうにも、まず何を思い出せばいいのかすらわからないのだ。
こうなるともう、自分についてを思い出そうという行為そのものを諦めざるを得ない。
しかしながら、まぁいいかとすんなり諦めがつく辺りからして、どうやら自分は思案することに不向きな人間なのだろうことだけはわかることができた。
ただし、得たところであまり、というか、全く嬉しくない情報ではあったが。
とにもかくにも、彼は早々に自身のことを思い出すという行為を諦めていた。
何しろ自分はすでに生きてはいないのだ。なら、今更特に困ることもそうないだろう。
ただひとつ、悔やまれるとすればそれは。
(呼ばれる名前がわかんねぇのは、ちょっと寂しいかな…)
といったところで、死霊の名を誰が呼ぶというのか。
それでも、自分の名前だけは覚えておきたかったなぁと、ぼんやりとそう思った。
そのとき、
「―…!!」
誰かが叫んだ。
誰だろう。気のせいでなければ今聞こえたのは名前のようだったが。
首をかしげていると、
「―…?」
今度は訝った声で。だが、やはり聞こえてきた単語は先ほどと同じものだ。
(もしかして、俺を呼んでいるのか…?)
ようよう顔をあげて、背後を―――室内を振り返った。
今の今まで気づかなかったのだが、ふたりの男が座してこちらを見ていた。
ひとりは見るからに利口そうな青年。もうひとりは目も覚めるような激しい赤髪の男で、自分を呼んだのはどうやらこちらの方のようだ。
目が合うと、男は声に出さないままで再度、その単語を口にした。
と、き。
確かにそう言った。
それが、自分の名前なのか。
「『鴇』…」
声に出して、自分で反芻してみる。
成程確かに、記憶にはなくてもその名は何となくしっくりきた。
そうか、俺は『鴇』というのか。
ならば俺は一体、
「『俺』は誰なんだ―…?」
ああそうか、とふと鴇は顔をあげた。
唯月の話の腰をおる形で鴇が顔をあげたので、顔を付き合わせて話を聞いていた面々は、訝って鴇を顧みた。
「どうした鴇、何か…」
史義が心配そうな表情で鴇の顔を覗きこんでいる。
心配されていることに嬉しさから来るくすぐったさを感じる。
嬉しさの反動もあるが、気づけば変に間延びした声での返答になっていた。
「いやぁ、俺が記憶なくして最初に会ったの、そういや守弘と晃煉だったんだなーって」
唐突な告白に、史義の目が丸くなる。
客観視するとなかなかにユニークな表情になっていることにも気づく様子もなく、兄は続けて問う。
「…それで?」
「うん?」
「いや、他になにか重要なことを思い出したりは…」
「いんや?あーそういやそうだったなーって」
史義の目が、今度は徐々に座り始める。
「思った、と?」
「うん」
「今?」
「おう今よ」
へへんと胸を張ってそう答えるさほども年の変わらぬ弟に、史義は思わず脱力した。
自分でも十分間抜けだと思うこのやりとりに、周りの反応は実に爽快に二分されていた。
浩正とカルフは盛大に爆笑し、亜嵩(中身は嵩尚)や唯月、司に至ってはどうやら拍子抜けしたらしく、ぽかんとしており、声もでない様子だ。
つい今しがたまでは、亜嵩の体を借り受けた嵩尚が、過去の真相について話をしていた。
今まで謎のままだった史義・鴇兄弟の出自も話に出て、ここからが話の本筋というところで、その話の腰を折ってのこの問答だ。周囲の反応もごく自然と言える。
だが。
一度脱力した史義は、ゆらりと立ち上がると、やおら拳を振りかぶった。
げぃんっ
「い゛…っ!?」
綺麗に直撃した頭頂部を押さえ、鴇は涙目になりながら兄を振り返った。
「いきなり何すんだよ…!?」
「この大馬鹿者!!お前には場の空気というものが読めんのか!!」
「空気なんて見えねえもん、どうやって読むんだよ!!」
「ただでさえ阿呆なのに余計に阿呆だと思うようなことを言うな!!」
いい年をした男ふたりが、盛大に声を張り上げて口論を始めたため、一同はさりげなく端に移動した。
おそらく、誰も止める気などないだろう。
未だ唯月に支えられる形で座る亜嵩(中身は嵩尚)が、溜めているものを吐き出すように息をついたのに気づいた司は、とっさに亜嵩の顔色を窺った。
彼のそんな気回しを、嵩尚は見逃すことなどない。
死んで初めて、嵩尚は周囲にいる存在の大きさを知った。
それまで、自分の回りにいる者たちのことを、大事な仲間だとは思いつつも、実質それを表に出すことができなかった。
共に在ることの温かさに依存する一方で、いつかは自分の傍を離れるときが来るのだろうと心の端ではいつも思っていた。
それはきっと、守弘や晃煉にとって、限りなく失礼な感情だっただろう。
今だからわかる。そして、晃煉の血を引くこの少年が、今は自分の血を引く亜嵩を思ってくれていることの大切さを、嵩尚はもう気づいてやれる。
今更かもしれなくても、それは、嵩尚にとって大切なことだから。
だから。
「大丈夫だよ。亜嵩にはなるべく負荷をかけないようにしているから。
それよりも、あっちの間抜けな喧嘩に笑いを通り越して呆れてただけだよ」
「まぁ確かに…」
嵩尚のはっきりした口調と、決して強がりで見せたのではない笑顔に安堵してか、司の肩がほっと撫で下ろされる。
優しい子だと思う。
晃煉も、守弘に対してはいつも容赦ない正論でもって叩きのめしていたが、自由気ままな嵩尚にはどこか優しかった。
まあ大半は嵩尚の突拍子のなさに度肝を抜かれ、飛び火でいつも巻き込まれる守弘共々膝詰めで説教されることがほとんどではあったが。
それでも、晃煉も、そして守弘も優しかった。
本当に、温かくて、優しかったのだ。
そこへようやくと笑いが治まったらしい浩正とカルフ(いや、正確には治まりきっておらず、未だに肩は震えているのだが)が寄ってきた。
「ほんとあいつら空気ぶち壊してくれるよなーっ」
「それより彼らの会話の中で空気読む云々が出てきたことに俺はびっくりだけどね」
「え?昔って誰も空気読まなかったのか!?」
「いや…そういう意味ではなくて…」
「説明するだけ無駄だと思うよ。
浩正は阿呆だから、空気という認識が昔はなかったこと自体知らないだろうし」
「今司にさらっとバカにされたことだけはわかりました!!」
呆れる嵩尚の隣で、こちらはこちらでやはり低レベルな言い合いが勃発する。
もう自分にはお手上げと言わんばかりに盛大にため息をついて、唯月は嵩尚を覗き見た。
「もはや完全に話がそれてしまいましたね。
どうされます?」
「いいんじゃないかな。僕はむしろこの方が落ち着くけど」
「…いえ…しかしあまり脱線しすぎると、話が最後まで行き着かないのでは…。
ただでさえ、亜嵩の体をかばいながらの出現には、貴方自身の負荷が大きいでしょうに…」
彼の言葉に、はっと息を飲む気配が伝わる。
隣に移動してきていた司だ。
嵩尚は内心でしまったと思った。
唯月は何一つ嘘は言っていない。
事実嵩尚自身は力をひどく消耗し、こうして話ができるのももはやそう長くはないという自覚はあった。
だからこそ周囲には余計な不安感を与えまいとしていたのに。
しかしそれで唯月を責めるのもお門違いというものなので、あえて言及はしなかった。
代わりに、そっと目を伏せて答える。
「それでも、僕はこうして誰かと言い合いをしたり、喧嘩をしたりしたことがなかったし、本当はもっと、こんな雰囲気の中で過ごしていたかったと思っていたから…だから、これも僕にとっては大事な時間なんだよ」
その言葉に、今度は唯月がはっとなる。
彼は知っている。嵩尚という人物が、史義・鴇兄弟の存在を知るまで、何事にも無関心であったこと。そして、彼らと関わったがために、どのような末路を歩んだかということを。
彼の過ごした時間の中に、人と本気でぶつかり合い、互いに自身を伝えあうこのやりとりができたことなどありはしなかったのだ。
だから彼は今、こうして羨んでいる。
そして、慈しんでいる。
(…そして、彼が過ごせなかったこの時間を)
彼の魂を継いで、亜嵩が過ごしてゆく。
「…あ、ちょっと待ってね」
ふいに何かに気づいたかのように顔をあげた嵩尚は次の瞬間、ほんの半瞬、脱力した。
ふらついた彼をとっさに唯月が支えようとして―、
「うるせー…!!」
一喝、しっかりと仁王立ちした亜嵩が声も限りにそう叫んだ。
引き続きくだらない争いを繰り広げていた兄弟も、三つ巴での言い合いに発展していた面々も、これには目を丸くして振り返った。
茫然自失、という言葉が似合いそうな一同を前にして、金の瞳をらんらんと輝かせながらも、完全に肩を怒らせた亜嵩は吠える。
「時間ねぇっつってんのにくだらねぇことで無駄に時間を費やすな阿呆!
鴇!!お前が阿呆なのはよくわかったからもう話が終わるまで黙っとけ!!
史義!!弟にダメ出しする前に自分がどんだけ間抜けな突っ込みいれてるかまずそっちから見直せ!!
カルフと浩正と司はただ単純に五月蝿い!!」
一気に捲し立てたところで、しかし不調のままの体では負担が大きかったのか、ふらりとよろめく。
慌てて手を伸ばした唯月に支えられながら、亜嵩は付け加えて言った。
「あと、嵩尚も止めろばか…」
きっと彼の内では、嵩尚がころころと笑っているだろう。
それでも言わずにおれなかったのだろうと、亜嵩の性情を思い返してふと笑いが込み上げた。
「鴇、今度はなんだ…」
隣で急に笑いだしたので、もう半ば呆れ返った様子の史義が問いかける。
ついつい笑いだしてしまったのををこらえようと口を押さえながら、鴇は言った。
「思い出したんだよ。
あのとき、守弘と晃煉の側に横たわる嵩尚のことを」
全身に深手を負って、もう虫の息だった嵩尚。
彼がそこまで傷ついてまで守ろうとしてくれたものを、今ならきちんと知っている。
「俺さ、そういえばまだ嵩尚にちゃんと言えてなかったんだよな」
「なにを・・・」
問おうとして、史義はやめた。
今更そんなこと、聞くまでもない。
何しろ自分も、弟と同じ考えでいるのだから。
弟の頭をぽんぽんと叩いてやりながら、史義はほほ笑んだ。
「そうだな、俺たちはまだ彼に伝えられていない」
「うん」
頷いて、それから鴇は亜嵩を―――嵩尚を振り返った。
ならって史義も。
彼らの視線を受けて振り返った亜嵩はもう既に亜嵩ではなく、先ほどから顕現している嵩尚に戻っていた。
一同があまりに脱線しすぎていたために、生真面目な亜嵩は黙って見ていられず、それで一瞬だけ嵩尚と入れ替わったのだろう。
一喝するだけして即退散する辺りも、亜嵩らしいものだ。
亜嵩とは異なる、くすんだ色の双眸がふたりを映し出す。
ふたりはどちらともなしに頭を垂れた。
嵩尚の眼が軽く瞠られる。
「ありがとう」
そう紡いで、ふたりは嵩尚を再度見た。
助からなかった。
助けられなかった。
そして悲劇は起きた。
それでも、
「それでも俺たちは感謝してる。俺たちのためにいっぱい傷ついて、いっぱい悲しんで、そうして最後まで俺たちを救おうとしてくれた。俺たちと何の関わりもなかったあんたが、俺たちの力になってくれて本当にありがとう」
「俺も礼を言いたい。弟を、そしてこの俺を、守ろうとしてくれた。それに、こうして真実を教えてくれたからこそ、俺はもう二度と、弟を恨まなくて済んだんだ。ありがとう」
くすんだ瞳が、なぜと問うている。
救えなかった。
届かなかった。
恨みの一つも出ようところを、しかし彼らは感謝の言葉を述べた。
一体どうして。
嵩尚のその疑念を振り払うように、そのとき内から声がかかった。
(あんたのしたことを、あいつらは責めてなんかないんだ)
幼い少年の声。
重い荷を背負わせてしまったのに彼もまた恨み事ひとつ口にしない。
ただただ、しっかりと受け止めてくれた。
(あんたの思いは、きちんとふたりに届いてる。だから、あいつらは感謝してる。自分たちのために命をかけて戦ってくれたあんたに)
だからもう、いいんだよ。
もう、自分を責めなくていいんだよ。
もう、あんたは十分頑張ったから。
だから今は、ふたりの精一杯の感謝を、しっかりと受け止めて。
もう、あんたはひとりじゃないのだから。
少年は存在の意義を求めていた。
日々の普遍的な生活に飽きて、ただただ悲嘆していた。
ああなんて自分は無力で無価値なのだろうか。
そんなことを思っていた。
男は後悔していた。
たったひとりの肉親を二度も救えなかったことに。
今度こそと手を伸ばす度、わずかな希望はその指の間をすり抜けてしまって。
守りたくとももうこの手は、何をつかむことも叶わなくて。
そうして彼は絶望した。
刀工は自信を失っていた。
かつての師のような最高を目指して一心不乱に打ち続けていたのに、気づけば師の作品を真似ているだけになっていた。
わかっている。自分には、師を越えるような才能など端から持ち合わせていないのだということを。
わかってはいても、それでも。
目の前に、最高の素材があれば、それを手にするのは人として当然のことではないのか。
彼にはもとから何もなかった。
興味も、関心も、感動も、物欲すらも。
初めから何も持ってはいなかった。
ただなるようになると思っていたし、流れゆくままに生きることの方が利口だとも思っていた。
今ならばわかることだが、失礼な話、友のことすらも来るもの拒まず去るもの追わずで、いつ自分のもとを去ろうともそれに対しての興味も、去ってゆくことへの淋しさすらも、感じることはなくて。
彼の心に波紋が生まれたのは、ひとえに史義という人物の所持する刀の話からだ。
人の噂にもさしたる興味はない。けれど、このときだけは予感した。
なにか面白いことが起こる、そんな予感。
自分はどちらかというと慎重な方だ。
噂の真偽をろくに確かめもせずに飛び込むほど考えなしではない。
けれどこのときだけは関心の赴くままに首を突っ込んでいた。
今思えば浅慮だったと言える。
けれど。
このときの自分には、全くといっていいほどに冷静さが欠けていた。
らしくもない自分がそこにはいた。
はっきりと言える。
自分は興奮していたのだ。
未知に遭遇する千載一遇の機会を前に、我を失ってすらいた。
史義に与えられたその刀は、そうして多くのものを狂わせた。
さて、
少年よ。
今一度問う。
お前は、
「後悔はないか―――…?」
日々の普遍的な生活に飽きて、ただただ悲嘆していた。
ああなんて自分は無力で無価値なのだろうか。
そんなことを思っていた。
男は後悔していた。
たったひとりの肉親を二度も救えなかったことに。
今度こそと手を伸ばす度、わずかな希望はその指の間をすり抜けてしまって。
守りたくとももうこの手は、何をつかむことも叶わなくて。
そうして彼は絶望した。
刀工は自信を失っていた。
かつての師のような最高を目指して一心不乱に打ち続けていたのに、気づけば師の作品を真似ているだけになっていた。
わかっている。自分には、師を越えるような才能など端から持ち合わせていないのだということを。
わかってはいても、それでも。
目の前に、最高の素材があれば、それを手にするのは人として当然のことではないのか。
彼にはもとから何もなかった。
興味も、関心も、感動も、物欲すらも。
初めから何も持ってはいなかった。
ただなるようになると思っていたし、流れゆくままに生きることの方が利口だとも思っていた。
今ならばわかることだが、失礼な話、友のことすらも来るもの拒まず去るもの追わずで、いつ自分のもとを去ろうともそれに対しての興味も、去ってゆくことへの淋しさすらも、感じることはなくて。
彼の心に波紋が生まれたのは、ひとえに史義という人物の所持する刀の話からだ。
人の噂にもさしたる興味はない。けれど、このときだけは予感した。
なにか面白いことが起こる、そんな予感。
自分はどちらかというと慎重な方だ。
噂の真偽をろくに確かめもせずに飛び込むほど考えなしではない。
けれどこのときだけは関心の赴くままに首を突っ込んでいた。
今思えば浅慮だったと言える。
けれど。
このときの自分には、全くといっていいほどに冷静さが欠けていた。
らしくもない自分がそこにはいた。
はっきりと言える。
自分は興奮していたのだ。
未知に遭遇する千載一遇の機会を前に、我を失ってすらいた。
史義に与えられたその刀は、そうして多くのものを狂わせた。
さて、
少年よ。
今一度問う。
お前は、
「後悔はないか―――…?」
