嵩尚の言葉を受けて、鴇がどう反応するか、唯月は手に取るようにわかっていた。
わかってはいても、今の自分にこの男の口をふさぐ権利はない。
何故なら、自分もまた、真実を知っていながら隠してきた側の人間の1人だからだ。
「あいつが…俺を…」
がくりと膝を折り、その場に崩れてしまった鴇に、誰1人として慰めの言葉をかける者はなくて。
否、かけたくとも言葉が見つからないのだ。
要するに、鴇は、否、鴇だけでなく、史義も、嵩尚すらも、鴇と史義の育ての親の刀工に利用されていた、ということなのだから。
俯く鴇の前に、けれども嵩尚は殊勝な面持ちで近づいていった。
そうして彼の前に片膝をつき、鴇を見据える。
「鴇、父君は君を利用したんじゃない。君たち2人を助けるために、最後の手段をとったんだ」
「だが俺を殺した…!お前のその言葉は、矛盾ばかりだ…!」
「鴇…っ」
背後で司が叫んではっとした時には遅かった。
感情に任せて振り払った腕は、嵩尚の―――亜嵩の頬に直撃したのだ。
慌てて鴇が手を伸ばすよりも早く、傾いだ亜嵩の体を唯月が支える。
唯月の腕に支えられて、しかし今の一撃が重かったのか、嵩尚としての反応が緩慢だ。
「嵩尚」
唯月に呼ばれても、弱々しく微笑むだけだ。言葉はない。
「あ…たか、な…俺…そんな、つもりじゃ…」
動揺で、震える手を伸ばす。
その手にそっと触れて、嵩尚はかすかに声を絞り出した。
「鴇…も少しだけ、あいつの話、聞いてやって…」
その言葉に、鴇ははっとした。
「お前、『亜嵩』か…!」
鴇が叫んで、後方の一同も遅れて気づく。
言われてみれば、先程までくすんだ色をしていたのが、今は澄んだ金色をしている。
初めて会ったときから鴇は思っていた。
亜嵩の瞳はまるで闇夜に輝く月のようだと。
それを口にしたらきっと彼は照れながら怒るだろうから、あえて口にしたことはないのだけれど。
その瞳が、真っ直ぐに鴇を見つめている。
もうわかる。これは、覚悟の『目』だ。
「俺は大丈夫だから…それに、寺で刀に触れた時、視えたんだ―――記憶が」
亜嵩の思いがけない告白に、鴇は息をのんだ。
それは、誰の思惑にも左右されず、歪むことなく、ただありのままに起きたことだけが残されている本当の記憶。
刀が視た、真実。
触れた当初、亜嵩はその膨大な記憶の量に圧倒され、しばらくは処理が追いつかなかった。
加えて体調が思わしくなく、今に至る。
だが、嵩尚と入れ替わって、冷静に記憶と向き合うことで、亜嵩は真実を知った。
だから今、誰を信じるべきかをよく理解している。
「嵩尚の話を聞いてやって…あんたを、そして、史義を救えなくて、一番後悔したのは、あいつなん、だ、か…」
「亜嵩…っ」
ふいにまぶたが閉じられ、鴇の手に触れていた手がするりと落ちる。
一瞬がくりとうなだれた亜嵩の体は、しかしすぐに持ち直した。
もう驚きはしない。
亜嵩と入れ替わって、嵩尚が顕現したのだ。
彼はそっと目を開くと、静かに微笑んだ。
その笑みは、とても悲しげで。
「ごめんね…鴇。それから…」
そう言って、視線が鴇から外れる。
嵩尚の視線の先を追って、それから鴇は大きく目を見開いた。
嵩尚の見つめるその先には、教室のドアが。そこにもたれかかるように。
「史、兄…」
鴇の兄、史義は立っていた。
先日、亜嵩が初めて会った時と同じ出で立ちで、彼はそこにいた。
「どうして、ここに…」
「呼ばれたんだ―――そこに眠る少年に」
無表情のままで、彼が指さしたのは亜嵩の体を借りた嵩尚だ。
史義は嵩尚と面識がある。年も年だから、今更少年扱いなどしないだろう。
だとすれば、史義が指しているのは嵩尚に体を委ねている亜嵩の方ということになる。
(亜嵩が、史兄を…?)
一体いつの間にそんな技を覚えたのかと、思わず苦笑してしまう。
それに気づいて、史義が眉根を寄せた。
「何をへらへらしてるんだ、お前は。…全く、これだからお前には緊張感というものがだな…」
半ば条件反射だろう。小言を言い始めた史義の姿があまりに懐かしすぎて、鴇はついにはたまらなくなって吹き出してしまった。
眼尻ににじんだものを慌てて拭いながら、それでもわらいはこらえきれずにあふれ出てくる。
目の奥にずっとこらえ続けていたものも、共に。
「鴇…」
「あはははっ、なんか変わんないなぁ兄貴は!
…うん、そうだな、俺、まだ何も話を聞いてねぇ」
くるりと向き直り、鴇は居住まいを正して嵩尚を見た。
「悪い嵩尚、話中断させた」
「構わないよ」
にこりと笑って、彼もその場に鎮座する。
いつふらついても支えられるようにと、唯月が隣に座り、歩み寄ってきた史義はその向い、つまり、鴇の隣に坐した。
これも、喧嘩をして以来、長くできなかったことだ。
懐かしさに、胸が熱くなる。
再び溢れそうになったものをこらえ、鴇は真っ直ぐに嵩尚を見据えた。
それを受けて、嵩尚もまた真っ直ぐな瞳を鴇に向けた。
そうして語られる。
今度こそ、本当の真実を。
今度こそ、違えない為に。
わかってはいても、今の自分にこの男の口をふさぐ権利はない。
何故なら、自分もまた、真実を知っていながら隠してきた側の人間の1人だからだ。
「あいつが…俺を…」
がくりと膝を折り、その場に崩れてしまった鴇に、誰1人として慰めの言葉をかける者はなくて。
否、かけたくとも言葉が見つからないのだ。
要するに、鴇は、否、鴇だけでなく、史義も、嵩尚すらも、鴇と史義の育ての親の刀工に利用されていた、ということなのだから。
俯く鴇の前に、けれども嵩尚は殊勝な面持ちで近づいていった。
そうして彼の前に片膝をつき、鴇を見据える。
「鴇、父君は君を利用したんじゃない。君たち2人を助けるために、最後の手段をとったんだ」
「だが俺を殺した…!お前のその言葉は、矛盾ばかりだ…!」
「鴇…っ」
背後で司が叫んではっとした時には遅かった。
感情に任せて振り払った腕は、嵩尚の―――亜嵩の頬に直撃したのだ。
慌てて鴇が手を伸ばすよりも早く、傾いだ亜嵩の体を唯月が支える。
唯月の腕に支えられて、しかし今の一撃が重かったのか、嵩尚としての反応が緩慢だ。
「嵩尚」
唯月に呼ばれても、弱々しく微笑むだけだ。言葉はない。
「あ…たか、な…俺…そんな、つもりじゃ…」
動揺で、震える手を伸ばす。
その手にそっと触れて、嵩尚はかすかに声を絞り出した。
「鴇…も少しだけ、あいつの話、聞いてやって…」
その言葉に、鴇ははっとした。
「お前、『亜嵩』か…!」
鴇が叫んで、後方の一同も遅れて気づく。
言われてみれば、先程までくすんだ色をしていたのが、今は澄んだ金色をしている。
初めて会ったときから鴇は思っていた。
亜嵩の瞳はまるで闇夜に輝く月のようだと。
それを口にしたらきっと彼は照れながら怒るだろうから、あえて口にしたことはないのだけれど。
その瞳が、真っ直ぐに鴇を見つめている。
もうわかる。これは、覚悟の『目』だ。
「俺は大丈夫だから…それに、寺で刀に触れた時、視えたんだ―――記憶が」
亜嵩の思いがけない告白に、鴇は息をのんだ。
それは、誰の思惑にも左右されず、歪むことなく、ただありのままに起きたことだけが残されている本当の記憶。
刀が視た、真実。
触れた当初、亜嵩はその膨大な記憶の量に圧倒され、しばらくは処理が追いつかなかった。
加えて体調が思わしくなく、今に至る。
だが、嵩尚と入れ替わって、冷静に記憶と向き合うことで、亜嵩は真実を知った。
だから今、誰を信じるべきかをよく理解している。
「嵩尚の話を聞いてやって…あんたを、そして、史義を救えなくて、一番後悔したのは、あいつなん、だ、か…」
「亜嵩…っ」
ふいにまぶたが閉じられ、鴇の手に触れていた手がするりと落ちる。
一瞬がくりとうなだれた亜嵩の体は、しかしすぐに持ち直した。
もう驚きはしない。
亜嵩と入れ替わって、嵩尚が顕現したのだ。
彼はそっと目を開くと、静かに微笑んだ。
その笑みは、とても悲しげで。
「ごめんね…鴇。それから…」
そう言って、視線が鴇から外れる。
嵩尚の視線の先を追って、それから鴇は大きく目を見開いた。
嵩尚の見つめるその先には、教室のドアが。そこにもたれかかるように。
「史、兄…」
鴇の兄、史義は立っていた。
先日、亜嵩が初めて会った時と同じ出で立ちで、彼はそこにいた。
「どうして、ここに…」
「呼ばれたんだ―――そこに眠る少年に」
無表情のままで、彼が指さしたのは亜嵩の体を借りた嵩尚だ。
史義は嵩尚と面識がある。年も年だから、今更少年扱いなどしないだろう。
だとすれば、史義が指しているのは嵩尚に体を委ねている亜嵩の方ということになる。
(亜嵩が、史兄を…?)
一体いつの間にそんな技を覚えたのかと、思わず苦笑してしまう。
それに気づいて、史義が眉根を寄せた。
「何をへらへらしてるんだ、お前は。…全く、これだからお前には緊張感というものがだな…」
半ば条件反射だろう。小言を言い始めた史義の姿があまりに懐かしすぎて、鴇はついにはたまらなくなって吹き出してしまった。
眼尻ににじんだものを慌てて拭いながら、それでもわらいはこらえきれずにあふれ出てくる。
目の奥にずっとこらえ続けていたものも、共に。
「鴇…」
「あはははっ、なんか変わんないなぁ兄貴は!
…うん、そうだな、俺、まだ何も話を聞いてねぇ」
くるりと向き直り、鴇は居住まいを正して嵩尚を見た。
「悪い嵩尚、話中断させた」
「構わないよ」
にこりと笑って、彼もその場に鎮座する。
いつふらついても支えられるようにと、唯月が隣に座り、歩み寄ってきた史義はその向い、つまり、鴇の隣に坐した。
これも、喧嘩をして以来、長くできなかったことだ。
懐かしさに、胸が熱くなる。
再び溢れそうになったものをこらえ、鴇は真っ直ぐに嵩尚を見据えた。
それを受けて、嵩尚もまた真っ直ぐな瞳を鴇に向けた。
そうして語られる。
今度こそ、本当の真実を。
今度こそ、違えない為に。
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嵩尚。
そう呼ばれたその人物は、しかしかつてとは異なる姿をしてその場に立っていた。
ただひとつ、あの頃と同じ、不敵な笑みをたたえて。
「嵩尚、だって・・・?」
驚愕を隠しきれずに動揺する司を尻目に、カルフはあくまで傍観の域を出ない。
「成程、亜嵩の中に眠ってたってことか」
「さすが守護霊、その感受性の豊かさには頭が下がるね」
亜嵩の声で、けれども亜嵩ならまず間違いなくしないだろう口調で、「彼」は答える。
唯月の腕から降りた彼は、先程までとうって変わり、ふらついていた足取りもしっかりとしている。
その余裕を表すかのように堂々たる態度だ。
だが鴇は知っている。
体はあくまで亜嵩のもの。
今し方まで疲労困憊で満身創痍だった肉体が、中の人格が変わっただけで回復されるはずはない。
そしてその肉体は本来亜嵩のものである以上、肉体に及ぶ疲労や痛感といったものは、嵩尚には感じられない。
代わりに嵩尚が戻った後、亜嵩がその苦痛を負うのだ。
更に言うなら、嵩尚は既に器を無くし輪廻をくぐり抜けた存在。
その嵩尚が、今生存している亜嵩の肉体を支配すれば、負担がかかるのは亜嵩の方だ。
ただでさえ鴇が乗り移った影響で肉体に甚大な悪影響を及ぼしているのに、その上更に負担がかかるようなことがあれば、亜嵩はどうなることか。
「おい嵩尚、貴様今になって何の用だ…」
「おや鴇、久しぶりの再会だというのにご挨拶だねぇ。
感動の再会と思っていたのに」
嵩尚が茶化して言うことにはもう慣れたはずだった。
だか今は状況が違う。
鴇は嵩尚が去った後に、亜嵩と出会った。
「見ず知らずの奴ならこんな風に思うこともないんだがな。
けれど俺はもうお前が乗っ取ってる相手を知ってる。
知ってる奴なら、放ってはおけないな」
それは情がうつったと言われればそうなのだろう。
鴇は亜嵩と出会って、亜嵩のことが愛おしくなった。
願わくば、嵩尚から継いだこの力に呑まれることなく、これから先を幸せに生きてほしい。
そう、願うほどに。
「用があるから出てきたんだろう。なら手早く話してさっさと失せろ」
「同感」
そこで初めて、口を挟んだ者があった。
カルフ同様、2人のやりとりを傍観していた浩正だ。
浩正はいつもなら決して見せない鋭い目を嵩尚に向けて据え、厳しい表情を浮かべている。
それは、どう見ても旧友との再会を喜ぶ顔ではなくて。
さすがの嵩尚も、これには落胆の色を浮かべ、肩をそっとすくめた。
やはり、鴇はともかく、信頼していた親友にこのような態度をとられるのは、嵩尚でも心が痛むのだろう。
「…君にまでそんな風に接されるとはね」
「悪いな。確かに俺は『守宏』だ。だが今は」
はっとして、司は友の背を見上げた。
そうだ、過去があったとして、しかしそれは「浩正」としてではない。
記憶は共有していても、それでも、今は。
「今の俺は『浩正』だ。
あんたの友人としての役割はとうの昔に終えたんだ。
今ここにいるのは、亜嵩と司のクラスメートで親友の、『浩正』なんだ」
「そうか…」
亜嵩の、否、嵩尚の瞳が揺れる。
けれどそれは、友に拒否されたことへの悲しみによるものとは少し違うなと、司はふと思った。
一瞬の沈黙。それから嵩尚は再びもとの笑みを浮かべた。
否、もとの、と言うと語弊がある。
正しくは、先程の余裕をちらつかせるような笑みとは違い、今の笑みは強さを含んだものだ。
心の揺らぎを捨て去った、迷いのない強さだ。
警戒し構えていた鴇にもその変化に気づいていた。
鴇はこの笑みを見たことがある。
霊体となって訪れた鴇に、史義を救おうと宣言したとき、あの時と同じ、勝利を確信した笑みだ。
結果として、その勝利が、鴇の手の中に握られることはなかったが。
「亜嵩が目覚めたらすぐここを出るんだ、鴇、も…ああ、『浩正』だっけ?」
にこりと笑いかけるが、それは亜嵩のものではないと否定しているのだろう。
浩正はそれを黙殺した。
冷たい態度だなとひとりごちながらも、嵩尚もまた状況をわきまえているのか、すぐに表情を切り替え、再び口を開いた。
「亜嵩の身内が放った追っ手、そして史義の刀を狙う者たち、この二手が同時にこちらに向かっている。じきにたどり着くだろうね。その前に…」
そこで一度言葉を切って、嵩尚は一同にくるりと背を向けた。
ただ1人、嵩尚の後ろに立っていた唯月の方を向く。
嵩尚はすらりと背の高い、黒のスーツに身を包んだ彼を見上げると、
「唯月」
と、その名を呼んだ。
「何故、そいつの名を…」
「知っているよ、だって」
嵩尚は知っている。
これから自分が紡ぎだす真実は、きっと。
「彼に頼んで君を殺させたのは―――君の父君だ」
残酷な、現実だから。
そう呼ばれたその人物は、しかしかつてとは異なる姿をしてその場に立っていた。
ただひとつ、あの頃と同じ、不敵な笑みをたたえて。
「嵩尚、だって・・・?」
驚愕を隠しきれずに動揺する司を尻目に、カルフはあくまで傍観の域を出ない。
「成程、亜嵩の中に眠ってたってことか」
「さすが守護霊、その感受性の豊かさには頭が下がるね」
亜嵩の声で、けれども亜嵩ならまず間違いなくしないだろう口調で、「彼」は答える。
唯月の腕から降りた彼は、先程までとうって変わり、ふらついていた足取りもしっかりとしている。
その余裕を表すかのように堂々たる態度だ。
だが鴇は知っている。
体はあくまで亜嵩のもの。
今し方まで疲労困憊で満身創痍だった肉体が、中の人格が変わっただけで回復されるはずはない。
そしてその肉体は本来亜嵩のものである以上、肉体に及ぶ疲労や痛感といったものは、嵩尚には感じられない。
代わりに嵩尚が戻った後、亜嵩がその苦痛を負うのだ。
更に言うなら、嵩尚は既に器を無くし輪廻をくぐり抜けた存在。
その嵩尚が、今生存している亜嵩の肉体を支配すれば、負担がかかるのは亜嵩の方だ。
ただでさえ鴇が乗り移った影響で肉体に甚大な悪影響を及ぼしているのに、その上更に負担がかかるようなことがあれば、亜嵩はどうなることか。
「おい嵩尚、貴様今になって何の用だ…」
「おや鴇、久しぶりの再会だというのにご挨拶だねぇ。
感動の再会と思っていたのに」
嵩尚が茶化して言うことにはもう慣れたはずだった。
だか今は状況が違う。
鴇は嵩尚が去った後に、亜嵩と出会った。
「見ず知らずの奴ならこんな風に思うこともないんだがな。
けれど俺はもうお前が乗っ取ってる相手を知ってる。
知ってる奴なら、放ってはおけないな」
それは情がうつったと言われればそうなのだろう。
鴇は亜嵩と出会って、亜嵩のことが愛おしくなった。
願わくば、嵩尚から継いだこの力に呑まれることなく、これから先を幸せに生きてほしい。
そう、願うほどに。
「用があるから出てきたんだろう。なら手早く話してさっさと失せろ」
「同感」
そこで初めて、口を挟んだ者があった。
カルフ同様、2人のやりとりを傍観していた浩正だ。
浩正はいつもなら決して見せない鋭い目を嵩尚に向けて据え、厳しい表情を浮かべている。
それは、どう見ても旧友との再会を喜ぶ顔ではなくて。
さすがの嵩尚も、これには落胆の色を浮かべ、肩をそっとすくめた。
やはり、鴇はともかく、信頼していた親友にこのような態度をとられるのは、嵩尚でも心が痛むのだろう。
「…君にまでそんな風に接されるとはね」
「悪いな。確かに俺は『守宏』だ。だが今は」
はっとして、司は友の背を見上げた。
そうだ、過去があったとして、しかしそれは「浩正」としてではない。
記憶は共有していても、それでも、今は。
「今の俺は『浩正』だ。
あんたの友人としての役割はとうの昔に終えたんだ。
今ここにいるのは、亜嵩と司のクラスメートで親友の、『浩正』なんだ」
「そうか…」
亜嵩の、否、嵩尚の瞳が揺れる。
けれどそれは、友に拒否されたことへの悲しみによるものとは少し違うなと、司はふと思った。
一瞬の沈黙。それから嵩尚は再びもとの笑みを浮かべた。
否、もとの、と言うと語弊がある。
正しくは、先程の余裕をちらつかせるような笑みとは違い、今の笑みは強さを含んだものだ。
心の揺らぎを捨て去った、迷いのない強さだ。
警戒し構えていた鴇にもその変化に気づいていた。
鴇はこの笑みを見たことがある。
霊体となって訪れた鴇に、史義を救おうと宣言したとき、あの時と同じ、勝利を確信した笑みだ。
結果として、その勝利が、鴇の手の中に握られることはなかったが。
「亜嵩が目覚めたらすぐここを出るんだ、鴇、も…ああ、『浩正』だっけ?」
にこりと笑いかけるが、それは亜嵩のものではないと否定しているのだろう。
浩正はそれを黙殺した。
冷たい態度だなとひとりごちながらも、嵩尚もまた状況をわきまえているのか、すぐに表情を切り替え、再び口を開いた。
「亜嵩の身内が放った追っ手、そして史義の刀を狙う者たち、この二手が同時にこちらに向かっている。じきにたどり着くだろうね。その前に…」
そこで一度言葉を切って、嵩尚は一同にくるりと背を向けた。
ただ1人、嵩尚の後ろに立っていた唯月の方を向く。
嵩尚はすらりと背の高い、黒のスーツに身を包んだ彼を見上げると、
「唯月」
と、その名を呼んだ。
「何故、そいつの名を…」
「知っているよ、だって」
嵩尚は知っている。
これから自分が紡ぎだす真実は、きっと。
「彼に頼んで君を殺させたのは―――君の父君だ」
残酷な、現実だから。
「シャオ・・・?」
名を呼ばれたその人物は、不気味なほど静かに微笑んだ。
その本当の意味を、亜嵩はまだ、知らない。
「シャオ・・・どうして、ここに・・・」
無理に立ち上がろうとして失敗し、ぐらついたところをしっかりとした2本の腕に支えられる。
長年父の隣に立ち、父を守り支えてきた心強い腕だ。
シャオに抱えられて、しかしそこで力尽き果てたのか、亜嵩はそのままかたく瞼を閉じてしまった。
「亜嵩・・・!」
一同の顔色がざっと変わる。
亜嵩に駆け寄ろうとした司を、そのとき誰かが強引に止めた。
「はな・・・っ」
「そいつに近づくな」
「え・・・っ?」
司もぎょっとするほどに、その言葉は重く冷たくて。
そして、その当人は意外にも浩正だった。
「浩、せ・・・?」
明らかに普段の、否、今しがたまでの彼とは違う雰囲気に、司は気圧されるのを感じた。
いつもお調子者で、周りを明るくさせることがうまくて。
そうして今さっきも、重い空気を取り払ってくれたりもしていた、その彼が。
どうして、他者に対して、それも、誰かを傷つけたわけでもないのに、たった一人の人間に対し、こうまでも敵意をむけているのだろう。
そう、浩正が今シャオに向けているのは、明らかに敵意だ。
そしてもう一つ気になるのが―――鴇だ。
彼もまた、シャオがここに足を踏み入れた時から異常なまでに警戒していた。
亜嵩が彼の名を呼び、その腕に己が身を委ねる様を目にしても尚、彼の警戒心が薄れることはない。
「成程」
ふいに、隣で声が上がった。
この、場の空気をまるで顧みる気配のないどこまでもマイペースなトーンは振り返るまでもない。司の兄、カルフだ。
「成程って、何が」
冷めた横目で問い返すと、
「彼の正体だよ、愚弟」
と、さも楽しそうに答える始末。
この能天気さはいい加減どうにかならないものかとやや苛立ちが込み上げてきたとき、すぐ隣で低く重い言葉が発された。
浩正だ。
「まさか既に亜嵩と接触していたとはな。誤算だったぜ」
浩正の言葉に、シャオはただ静かに耳を傾けている。
浩正のその言葉に、はっとした鴇が振り返る。
「お前まさか、『守宏』か・・・!」
「え・・・!」
絶句して、司は同級生を振り返った。
振り返った先の少年の肩が、心なしか、小さくすくんでいるように見える。
ややおいて振り返った浩正は―――司がこれまでに一度として見たことのないものだった。
寂しげに、彼のやさしい色合いの瞳が震える。
いつも彼の気性を露にしていたかのようなあの赤い髪も、今は力なくうなだれているように見えて。
「守宏、って・・・」
「俺は滾間浩正。・・・ただし、守宏の、記憶を持つ者として」
つまり、守宏の―――転世として。
「そういうことか・・・。なら、俺が見えないというのはフリ、ということだな?」
鴇に問われた浩正は、けれどその首を横に振った。
「見えないのは本当。もともと、嵩尚に比べて俺は霊力とかそういうのを持ってなくて・・・守宏も、嵩尚にくっついてあれこれ修行してきたからほんの少しだけ法力の心得があった程度で・・・。
きっと、生まれ変わったことによって、力を全て失ってしまったんだと思う」
申し訳なさそうにそう答え、浩正はゆっくりと友の方を振り返った。
「ずっと黙っててごめん。でも俺、力失くして気配とか声とかはかろうじて感じられるけど、姿とか見えないし、守宏の時みたいに体力とかもあんまないから喧嘩も弱いし、法力も使えないし、その・・・うまく言えないけど、お前の足を引っ張りたくなかったんだ・・・」
「浩正・・・」
俯く彼は、幼少の記憶を呼び起こす。
昔からそうだった。
がさつで、なんでも大雑把に済ませるくせに、どうでもいいような些細なことで、こうして詫びるのだ。
幼い頃、2人で遊んでいて司の家の窓ガラスを割ったことがあった。
2人で遊んでいて割れたのだから2人で謝罪するのは当然のことなのに、彼は申し訳なさそうに言うのだ。
―――ごめん、俺がちゃんと気をつけてたら司は謝らなくてすんだのに・・・っ
そうやっていつも。
彼はあんな顔をするのだ。
「そんなこと、気にすることでもないだろうに・・・。
大体にして、そんなことを隠している方が後々困るって、気付かなかったの?」
「・・・ごめん・・・」
「・・・気付かなかったのか・・・」
思わずがくりとうなだれる。
そうだ、忘れていたが浩正の先祖にして前世の守宏も、頭の方はからっきしだったのだ。
忘れていた自分にほんの少し泣きたい衝動が沸き起こる。
だが、今はそんなことにかまっている暇はない。
守宏の記憶を有している浩正が警戒しているということはつまり、少なくともこのシャオという人物は味方ではないということだ。
「で、浩正。こいつは誰」
「ああ、こいつは・・・」
気を取り直して前を向きなおった浩正は、シャオをにらみつけて言った。
「さっき鴇が言っただろ?鴇を殺したのは」
「唯月」
名を呼ばれて、亜嵩にはシャオと呼ばれていた者が呼んだ者の方へと向き直る。
腕には亜嵩をしっかりと抱えたままで、だ。
呼んだ当人は、亜嵩を抱くその人物を見下ろして言った。
「お前がどうして生きている、唯月」
名を呼ばれたその人物は、不気味なほど静かに微笑んだ。
その本当の意味を、亜嵩はまだ、知らない。
「シャオ・・・どうして、ここに・・・」
無理に立ち上がろうとして失敗し、ぐらついたところをしっかりとした2本の腕に支えられる。
長年父の隣に立ち、父を守り支えてきた心強い腕だ。
シャオに抱えられて、しかしそこで力尽き果てたのか、亜嵩はそのままかたく瞼を閉じてしまった。
「亜嵩・・・!」
一同の顔色がざっと変わる。
亜嵩に駆け寄ろうとした司を、そのとき誰かが強引に止めた。
「はな・・・っ」
「そいつに近づくな」
「え・・・っ?」
司もぎょっとするほどに、その言葉は重く冷たくて。
そして、その当人は意外にも浩正だった。
「浩、せ・・・?」
明らかに普段の、否、今しがたまでの彼とは違う雰囲気に、司は気圧されるのを感じた。
いつもお調子者で、周りを明るくさせることがうまくて。
そうして今さっきも、重い空気を取り払ってくれたりもしていた、その彼が。
どうして、他者に対して、それも、誰かを傷つけたわけでもないのに、たった一人の人間に対し、こうまでも敵意をむけているのだろう。
そう、浩正が今シャオに向けているのは、明らかに敵意だ。
そしてもう一つ気になるのが―――鴇だ。
彼もまた、シャオがここに足を踏み入れた時から異常なまでに警戒していた。
亜嵩が彼の名を呼び、その腕に己が身を委ねる様を目にしても尚、彼の警戒心が薄れることはない。
「成程」
ふいに、隣で声が上がった。
この、場の空気をまるで顧みる気配のないどこまでもマイペースなトーンは振り返るまでもない。司の兄、カルフだ。
「成程って、何が」
冷めた横目で問い返すと、
「彼の正体だよ、愚弟」
と、さも楽しそうに答える始末。
この能天気さはいい加減どうにかならないものかとやや苛立ちが込み上げてきたとき、すぐ隣で低く重い言葉が発された。
浩正だ。
「まさか既に亜嵩と接触していたとはな。誤算だったぜ」
浩正の言葉に、シャオはただ静かに耳を傾けている。
浩正のその言葉に、はっとした鴇が振り返る。
「お前まさか、『守宏』か・・・!」
「え・・・!」
絶句して、司は同級生を振り返った。
振り返った先の少年の肩が、心なしか、小さくすくんでいるように見える。
ややおいて振り返った浩正は―――司がこれまでに一度として見たことのないものだった。
寂しげに、彼のやさしい色合いの瞳が震える。
いつも彼の気性を露にしていたかのようなあの赤い髪も、今は力なくうなだれているように見えて。
「守宏、って・・・」
「俺は滾間浩正。・・・ただし、守宏の、記憶を持つ者として」
つまり、守宏の―――転世として。
「そういうことか・・・。なら、俺が見えないというのはフリ、ということだな?」
鴇に問われた浩正は、けれどその首を横に振った。
「見えないのは本当。もともと、嵩尚に比べて俺は霊力とかそういうのを持ってなくて・・・守宏も、嵩尚にくっついてあれこれ修行してきたからほんの少しだけ法力の心得があった程度で・・・。
きっと、生まれ変わったことによって、力を全て失ってしまったんだと思う」
申し訳なさそうにそう答え、浩正はゆっくりと友の方を振り返った。
「ずっと黙っててごめん。でも俺、力失くして気配とか声とかはかろうじて感じられるけど、姿とか見えないし、守宏の時みたいに体力とかもあんまないから喧嘩も弱いし、法力も使えないし、その・・・うまく言えないけど、お前の足を引っ張りたくなかったんだ・・・」
「浩正・・・」
俯く彼は、幼少の記憶を呼び起こす。
昔からそうだった。
がさつで、なんでも大雑把に済ませるくせに、どうでもいいような些細なことで、こうして詫びるのだ。
幼い頃、2人で遊んでいて司の家の窓ガラスを割ったことがあった。
2人で遊んでいて割れたのだから2人で謝罪するのは当然のことなのに、彼は申し訳なさそうに言うのだ。
―――ごめん、俺がちゃんと気をつけてたら司は謝らなくてすんだのに・・・っ
そうやっていつも。
彼はあんな顔をするのだ。
「そんなこと、気にすることでもないだろうに・・・。
大体にして、そんなことを隠している方が後々困るって、気付かなかったの?」
「・・・ごめん・・・」
「・・・気付かなかったのか・・・」
思わずがくりとうなだれる。
そうだ、忘れていたが浩正の先祖にして前世の守宏も、頭の方はからっきしだったのだ。
忘れていた自分にほんの少し泣きたい衝動が沸き起こる。
だが、今はそんなことにかまっている暇はない。
守宏の記憶を有している浩正が警戒しているということはつまり、少なくともこのシャオという人物は味方ではないということだ。
「で、浩正。こいつは誰」
「ああ、こいつは・・・」
気を取り直して前を向きなおった浩正は、シャオをにらみつけて言った。
「さっき鴇が言っただろ?鴇を殺したのは」
「唯月」
名を呼ばれて、亜嵩にはシャオと呼ばれていた者が呼んだ者の方へと向き直る。
腕には亜嵩をしっかりと抱えたままで、だ。
呼んだ当人は、亜嵩を抱くその人物を見下ろして言った。
「お前がどうして生きている、唯月」
「嵩尚は力を使った。決して使用してはならないとかたく守られてきた掟を冒して」
それが赦されることではないとわかっていた。
それでももう、彼にはその選択しか残されていなかったのだ。
嵩尚自身が、それを一番よくわかっている。
「・・・っっ」
突風に吹き飛ばされることはかろうじて回避できたものの、生まれついての野生の勘と運動神経を兼ね備えているさすがの守宏といえど、やはり飛来物を完全に避けることまではかなわず、体中に打撃を受けてしまった。
致命傷になるものではないが、打撲傷が動きを鈍らせる。
ただ気を失わずにすんだのは、守宏の日々の鍛え方がものをいったからなのだろう。
よろめきながら立ち上がった彼は、自分の上に降り積もった飛来物のかけらを払い落とすことも忘れて、茫然と立ち尽くした。
彼の眼下に、広がる光景。
今の今まで至って平凡だったその風景は今や一転、あまりの惨状に、彼は二の句が継げなくなった。
今まで彼らが立っていた場所には巨大な穴が出現しており、周囲に生えていた植物類も、その一切がかき消えている。
この攻撃をもろに食らった奉行たちが存命しているなど、まずあり得ない状況だ。
慌てて周囲を見回し、友の姿を探す。と、比較的近いところに、晃煉が倒れていた。
急ぎ駆けつけ、力一杯肩を揺さぶる。
「おい・・・おい!起きろって!」
「・・・っ、乱暴だな・・・」
乱暴といわれてもおかしくはないほど、力を加減する余裕が失われていたことに、指摘されて初めて気づき、驚いた。
そこまで無自覚になるほどだったのだ。この現状は。
確かに乱暴ではあったが守宏のおかげで早々に覚醒できたことに関してだけは内心でのみ感謝し、晃煉はよろめきながらも体を起こした。
上体を起こした晃煉に、守宏が肩を貸し、しっかりと支えてくれる。
その支えを借りながら立ち上がり、晃煉は周囲をゆっくりと見回した。
「なあ・・・これ・・・」
「言われないとわからない頭なら、これを機に、いっそ捨ててしまうことを勧めるよ」
「でもよ・・・っ」
「わかっている」
友の言葉を遮って、晃煉は足元に視線を投じた。
彼らの目前に広がる巨大な穴。そして、死滅した生き物のなれの果て。
植物も、地に潜る生物たちもみな、あの力の前にはなすすべもなく消え去っていったのだろう。
その中で、彼らだけが無事ですんだのは、最早奇跡としか言いようがなかった。
ふいに、2人は同時に振り返った。
振り返った先で、小さくだが呻く声が。
「守宏!」
「合点!」
晃煉の合図に応じるや否や、守宏はその一点めがけて駈け出した。
晃煉も、よろけながらもその後を追う。
いち早くたどりついた守宏は、がれきの山の中へと両腕を突っ込んだ。
そして、遠慮容赦なく中の物をつかみあげる。
そうして引き抜かれてがれきの山から現れたのは、傷だらけで意識を失っている嵩尚だ。
「嵩尚!」
大声で呼びかけて、彼を抱きかかえる。
上体を引き起こして、守宏は彼の片頬を軽く数回叩いた。
その間に晃煉もたどりついて、その隣に膝をついて嵩尚の顔を覗き込む。と、かすかに反応が返ってきた。
「よかった、生きてる・・・!」
「力を放った当人が死んでたら元も子もないだろ。それより・・・」
そう言葉を継いで、守宏は嵩尚を再度見た。
頭から足へ、ゆっくりと視線を移していく。
彼の眼に映る嵩尚の体は、どこもひどい傷だった。
「やっぱり無理だったんだ・・・あの力は、使ってはいけなかった・・・」
幼少の折、今は亡き嵩尚の師にして父であった先代が話して聞かせてくれたことは今でもよく覚えている。
嵩尚と共に側で話を聞いていた守宏と晃煉に、先代は言った。
受け継がれたその力だけは、決して使ってはならないと。
現状は、どうにもならないまでに最悪だった。
その最悪な現状が、嵩尚を、力を使うという決断にまで追い込んだのだ。
それはわかる。
けれど。
「過ぎだ力は、自身にも返る・・・」
晃煉の言うように、嵩尚の傷はかなり重く、力の凄絶さを思わせる。
「でも、よ・・・」
それでも、守宏は。
「嵩尚は、助かったじゃんか・・・」
「それだけで済めば、ね・・・」
「え・・・?」
振り返った守宏にはわからなかった。
晃煉が言った、本当の意味を。
そして2人は、この後、その言葉通りの現実を知ることになる。
それが赦されることではないとわかっていた。
それでももう、彼にはその選択しか残されていなかったのだ。
嵩尚自身が、それを一番よくわかっている。
「・・・っっ」
突風に吹き飛ばされることはかろうじて回避できたものの、生まれついての野生の勘と運動神経を兼ね備えているさすがの守宏といえど、やはり飛来物を完全に避けることまではかなわず、体中に打撃を受けてしまった。
致命傷になるものではないが、打撲傷が動きを鈍らせる。
ただ気を失わずにすんだのは、守宏の日々の鍛え方がものをいったからなのだろう。
よろめきながら立ち上がった彼は、自分の上に降り積もった飛来物のかけらを払い落とすことも忘れて、茫然と立ち尽くした。
彼の眼下に、広がる光景。
今の今まで至って平凡だったその風景は今や一転、あまりの惨状に、彼は二の句が継げなくなった。
今まで彼らが立っていた場所には巨大な穴が出現しており、周囲に生えていた植物類も、その一切がかき消えている。
この攻撃をもろに食らった奉行たちが存命しているなど、まずあり得ない状況だ。
慌てて周囲を見回し、友の姿を探す。と、比較的近いところに、晃煉が倒れていた。
急ぎ駆けつけ、力一杯肩を揺さぶる。
「おい・・・おい!起きろって!」
「・・・っ、乱暴だな・・・」
乱暴といわれてもおかしくはないほど、力を加減する余裕が失われていたことに、指摘されて初めて気づき、驚いた。
そこまで無自覚になるほどだったのだ。この現状は。
確かに乱暴ではあったが守宏のおかげで早々に覚醒できたことに関してだけは内心でのみ感謝し、晃煉はよろめきながらも体を起こした。
上体を起こした晃煉に、守宏が肩を貸し、しっかりと支えてくれる。
その支えを借りながら立ち上がり、晃煉は周囲をゆっくりと見回した。
「なあ・・・これ・・・」
「言われないとわからない頭なら、これを機に、いっそ捨ててしまうことを勧めるよ」
「でもよ・・・っ」
「わかっている」
友の言葉を遮って、晃煉は足元に視線を投じた。
彼らの目前に広がる巨大な穴。そして、死滅した生き物のなれの果て。
植物も、地に潜る生物たちもみな、あの力の前にはなすすべもなく消え去っていったのだろう。
その中で、彼らだけが無事ですんだのは、最早奇跡としか言いようがなかった。
ふいに、2人は同時に振り返った。
振り返った先で、小さくだが呻く声が。
「守宏!」
「合点!」
晃煉の合図に応じるや否や、守宏はその一点めがけて駈け出した。
晃煉も、よろけながらもその後を追う。
いち早くたどりついた守宏は、がれきの山の中へと両腕を突っ込んだ。
そして、遠慮容赦なく中の物をつかみあげる。
そうして引き抜かれてがれきの山から現れたのは、傷だらけで意識を失っている嵩尚だ。
「嵩尚!」
大声で呼びかけて、彼を抱きかかえる。
上体を引き起こして、守宏は彼の片頬を軽く数回叩いた。
その間に晃煉もたどりついて、その隣に膝をついて嵩尚の顔を覗き込む。と、かすかに反応が返ってきた。
「よかった、生きてる・・・!」
「力を放った当人が死んでたら元も子もないだろ。それより・・・」
そう言葉を継いで、守宏は嵩尚を再度見た。
頭から足へ、ゆっくりと視線を移していく。
彼の眼に映る嵩尚の体は、どこもひどい傷だった。
「やっぱり無理だったんだ・・・あの力は、使ってはいけなかった・・・」
幼少の折、今は亡き嵩尚の師にして父であった先代が話して聞かせてくれたことは今でもよく覚えている。
嵩尚と共に側で話を聞いていた守宏と晃煉に、先代は言った。
受け継がれたその力だけは、決して使ってはならないと。
現状は、どうにもならないまでに最悪だった。
その最悪な現状が、嵩尚を、力を使うという決断にまで追い込んだのだ。
それはわかる。
けれど。
「過ぎだ力は、自身にも返る・・・」
晃煉の言うように、嵩尚の傷はかなり重く、力の凄絶さを思わせる。
「でも、よ・・・」
それでも、守宏は。
「嵩尚は、助かったじゃんか・・・」
「それだけで済めば、ね・・・」
「え・・・?」
振り返った守宏にはわからなかった。
晃煉が言った、本当の意味を。
そして2人は、この後、その言葉通りの現実を知ることになる。
その瞬間何が起こったのか、鴇はすぐにはわからなかった。
駆け寄ろうとしたその目前で、兄の体が大きく跳ねて―――そして。
倒れた彼のこめかみの辺りからは、もう為すすべなどないとでも言うかのように、とめどなく血が吹き出していた。
もう生きているはずもないと、頭ではわかっていても、心がついてこない。
兄の傍に膝をついて、彼を揺さぶろうと手を伸ばす。が、触れることなどもちろんかなわず、鴇の手は兄の体を素通りする。
兄を残して命を落としてしまったことを、後悔しなかった日はない。
それでもまた立ち上がれたのは、ただただ、ひたすらに兄を救いたいという一心からで。
けれどもう、全てが終わってしまった。
兄はもう目を開けてはくれない。
笑っても、叱ってもくれない。
あの日、最期に鴇が伝えられなかったことも、伝えられないままに、兄は逝ってしまった。
鴇はまだ、史義に謝っていない。
もう一度、かなうなら2人で膝をつきあわせて話をしたかった。
迷惑をかけてごめん、とそう言いたかった。
たくさん傷つけたけれど、史義を兄と慕う気持ちは今も変わらないと。
伝えたいことは山ほどあったのに。
もう、それはかなわない。
―――・・・頼むから、捕まるような真似だけはしてくれるなよ
いつだったか、一本の木を挟んで背中合わせの形になって会話をしたとき、兄がそんなことを言っていた。
あの時鴇は、もう既に同心に追われてんじゃん、と冗談半分に笑い飛ばして流してしまったが。
あの時、肩越しに振り返って見た兄の背は、何故だか少し、淋しげに見えて。
その意味が、今ならわかる。
史義もまた、鴇を失うことが怖かったのだ。
「悪かったな・・・俺、ほんとそういうとこ鈍くてさ・・・」
小さな呟きは、誰の耳に入ることもなく風に流されていく。
俯いてふと気がついた。それからややおいて、自嘲にも似た笑みを口端に浮かべる。
そうか。
幽霊は、泣くことすらできないんだ。
だから幽霊でいることは、苦しいことだと言われるのか―――・・・。
「―――・・・鴇」
ふいに、名を呼ばれた気がして、鴇は顔を上げた。
実際呼ばれたかどうかは定かではない。
だが、今まで沈黙していた嵩尚がゆっくりと立ち上がるのが、鴇の視界には入った。
胡乱げに見上げたその目に、彼の表情は伺いしれない。
「・・・カイ・・・」
小さく、そう呟く声が伝わってくる。
傷の痛みに耐えかねてかかすかにふらつきはしたものの、不思議とその声はよく通るもので。
そこでようやく鴇は違和感に似たものを感じて改めて嵩尚を見上げ直した。
伺いしれない表情、でも、その背に負っている、この空気は。
「嵩―――・・・」
「せめて君だけは、守らせてくれよ」
呼ぼうとする声に重なって、嵩尚から鴇に向けて、何かが呟かれる。
しかし鴇の聴覚を塞ぐかのように刹那風が巻き起こり。
その言葉を問い直すことは、できなかった。
その日、山中で突如起こった大爆発により、村は半壊、そして。
嵩尚はここに、生涯癒えぬ傷を負うことになる―――・・・。
駆け寄ろうとしたその目前で、兄の体が大きく跳ねて―――そして。
倒れた彼のこめかみの辺りからは、もう為すすべなどないとでも言うかのように、とめどなく血が吹き出していた。
もう生きているはずもないと、頭ではわかっていても、心がついてこない。
兄の傍に膝をついて、彼を揺さぶろうと手を伸ばす。が、触れることなどもちろんかなわず、鴇の手は兄の体を素通りする。
兄を残して命を落としてしまったことを、後悔しなかった日はない。
それでもまた立ち上がれたのは、ただただ、ひたすらに兄を救いたいという一心からで。
けれどもう、全てが終わってしまった。
兄はもう目を開けてはくれない。
笑っても、叱ってもくれない。
あの日、最期に鴇が伝えられなかったことも、伝えられないままに、兄は逝ってしまった。
鴇はまだ、史義に謝っていない。
もう一度、かなうなら2人で膝をつきあわせて話をしたかった。
迷惑をかけてごめん、とそう言いたかった。
たくさん傷つけたけれど、史義を兄と慕う気持ちは今も変わらないと。
伝えたいことは山ほどあったのに。
もう、それはかなわない。
―――・・・頼むから、捕まるような真似だけはしてくれるなよ
いつだったか、一本の木を挟んで背中合わせの形になって会話をしたとき、兄がそんなことを言っていた。
あの時鴇は、もう既に同心に追われてんじゃん、と冗談半分に笑い飛ばして流してしまったが。
あの時、肩越しに振り返って見た兄の背は、何故だか少し、淋しげに見えて。
その意味が、今ならわかる。
史義もまた、鴇を失うことが怖かったのだ。
「悪かったな・・・俺、ほんとそういうとこ鈍くてさ・・・」
小さな呟きは、誰の耳に入ることもなく風に流されていく。
俯いてふと気がついた。それからややおいて、自嘲にも似た笑みを口端に浮かべる。
そうか。
幽霊は、泣くことすらできないんだ。
だから幽霊でいることは、苦しいことだと言われるのか―――・・・。
「―――・・・鴇」
ふいに、名を呼ばれた気がして、鴇は顔を上げた。
実際呼ばれたかどうかは定かではない。
だが、今まで沈黙していた嵩尚がゆっくりと立ち上がるのが、鴇の視界には入った。
胡乱げに見上げたその目に、彼の表情は伺いしれない。
「・・・カイ・・・」
小さく、そう呟く声が伝わってくる。
傷の痛みに耐えかねてかかすかにふらつきはしたものの、不思議とその声はよく通るもので。
そこでようやく鴇は違和感に似たものを感じて改めて嵩尚を見上げ直した。
伺いしれない表情、でも、その背に負っている、この空気は。
「嵩―――・・・」
「せめて君だけは、守らせてくれよ」
呼ぼうとする声に重なって、嵩尚から鴇に向けて、何かが呟かれる。
しかし鴇の聴覚を塞ぐかのように刹那風が巻き起こり。
その言葉を問い直すことは、できなかった。
その日、山中で突如起こった大爆発により、村は半壊、そして。
嵩尚はここに、生涯癒えぬ傷を負うことになる―――・・・。
