忍者ブログ
就職はしてもまだまだ夢を追い続ける、そんな子鬼の唄をどうぞ。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

誰がその事態を予測できただろうか。
否、誰一人として、眼前で起こったことを、未だ受け入れられずに茫然としていて。
ただ一人、嵩尚だけが、受けた銃撃による痛みで現実から逃避せずに済んだという状態だ。
「な、んで・・・」
知らず、震えが走る。
傷が痛むからではない。心底現実を思い知ったからだ。
彼の目前には、おそらく即死であろう史義の躯。そして、辺りを取り囲んでいた砂埃はとうの昔に収束している。
当然、嵩尚をはじめとする面々の姿は、同心の目の前にさらされているわけで。
つまり・・・否、最早遠回しに言うのもくどい。
嵩尚は、負けたのだ。
彼の勝利は、第一に姿を見られないこと、そして史義をうまく逃がすことにあった。
しかし今はもう、そのどちらもかなわない。
史義は死んだ。
そして、
「よもやお主が裏で手引きしておったとはな」
今更に白々しい言葉とともに茂みから現れたのは、史義の同業であるはずの同心たち、そして奉行。
見るからにわかりやすい侮蔑の視線を受けて、嵩尚は胡乱げに顔をあげた。
もうこの男に頭を下げる道理はない。
だから不躾に見上げても、良心のかけらとて痛むことはないのだ。
肩を押さえる手に力がこもる。
押さえつけることで、更に傷が疼くのだが、そうでもしなければ、嵩尚は気が狂いそうな心境だった。
震えが走る腕をごまかすように掴んで、奉行の方を向き直る。
「随分と手の込んだ真似をするじゃぁなぃですか」
精一杯で笑みを作る。
情けないものだ。
きっと今この顔はひきつっている。
嵩尚の不敬を咎めることもなく、奉行は嘲笑って言った。
「何を言う嵩尚よ。
お前とて今まで散々その手を血に染めあげてきたではないか。
そのお前に儂を責める謂われはないわ」
見下してくる奉行の言葉に、嵩尚はただ黙って言葉を待つ。
嵩尚に、奉行の言葉を否定する権限はない。
奉行の言う通り、嵩尚はこれまでに、幾度となくその手を罪の色に染めてきた。
それは嵩尚の先代も先々代も、そのずっと前の代から暗黙のうちに継がれてきた光來寺家のもう一つの家業。
元来国を正すための規範となるべき奉行の、裏の役目を請け負うというもの。
つまり、これまで嵩尚が手を汚してきたのは、奉行からの役目によるものなのだ。
だからといって、嵩尚の罪が奉行に責任転嫁できるというわけではないのだが。
「これまで裏の役目をこなして、儂によく尽くしてきたお前だからと信じてきたが・・・残念だ、嵩尚よ」
歯の浮くような、あからさまに同情を見せびらかした言葉を置いて、奉行が片手をあげる。
それを合図に、同心たちが一斉に嵩尚に向けたのは新式の銃だ。
それを横目に、ああこの男は西洋とも裏取引をして儲けていたのかと、今更なことに気づく。
嵩尚の肩を撃ち抜き、史義を直撃したのもあの銃だろう。
かつて日本に入り立ての旧式の銃は装填時の手間が欠点で、すぐには発砲できなかったのだが、この新式は銃弾に火薬が詰め込まれていて、最初に複数弾装填しておくため連射が可能になり、瞬発性も格段にあがった。
これならたとえ嵩尚が初弾を回避できたとしても、続く第二撃、三撃まではかわすことなどできるはずもない。
万事休す、とはきっとこういう状態を言うのだろうな、とつい一人ごちてみたりする。
ふいに、自嘲気味の笑みがこみ上げた。
抵抗することもなく、それは口の端に浮かぶ。
怪訝そうに眉を寄せた奉行を尻目に、嵩尚は肩越しに振り返った。
「守宏、晃煉。
少し下がっていて」
「嵩尚?何を・・・」
直感を感じてか、守宏が不安そうに表情を曇らせる。
しかし彼が一歩前に踏み出すよりも早く、嵩尚は行動を開始していた。
「・・・カイ・・・」
短い呪がかけられて、大地にへと伝わっていく。
奉行の顔色が、一瞬にして青ざめた。
そう、これは禁忌。
決して冒してはならぬもの。
光來寺家が代々、危険と言いながらも脈々と受け継ぎ続けてきたもの。
最大の禁術。
「せめて君だけでも、守らせてくれよ」
兄の亡骸を前に立ち尽くす青年に、この言葉は果たして届いたか。
軽快に二度柏手を打って、嵩尚は奉行を見据えた。
これが最期の言葉。
あとは未来に託そう。
この、悲しみの連鎖を終わらせるために。
「悪しきもの、我が身より躍り出でて喰らいつくせ」
その言霊が発された刹那。

―――
大地が、大きく揺らいだ。

拍手[0回]

PR
少し日が傾きはじめたか。
そんなことを、ふと思いながら、嵩尚は注意深く歩みを進めていた。
史義がこの山に踏み入ったのが昼を少しまわった頃であったので、かれこれ一刻半は歩き通しということになる。
だからといって、別段辛いとは感じていない。
嵩尚はもとより山の中に寺を構えているので山中を歩き慣れているし、後ろに続く二人も、嵩尚よりは体力がある。
問題なのは、連日の拷問で、出発する前から既にふらふらだった史義の方だ。
今も、彼は多少よろめきつつもしっかりと歩き続けている。
ただ、先程よりは明らかに躓く回数が増えていた。
このままではいずれ立てなくなるだろう。
すぐ前を行く弟の鴇が、兄を気遣わしげに何度もふりかえっている。
しかし彼は霊体なのだ。
兄を支えることすらも、今ではかなわない。
直接言葉を交わしているわけではないからあくまで推測だが、きっと彼は今の自分に実体がないことを悔やんでいる。
(目的地まで、あと少し・・・)
そこに着きさえすれば、嵩尚が支えてやれる。
いざとなれば後ろに控える守宏が抱えていくことも可能だ。
あと少し、目的地に着きさえすれば・・・。
「・・・っ」
刹那、予測していた事態が起こった。
唐突に史義の脚から力が抜け落ち、かくんと膝が折れる。
体重を支えていられなくなった史義は、体勢を崩して倒れた。
そのままごろごろと、傾斜を転がり落ちていく。
突然のことに驚いてか、同心は思わず綱を放してしまっていた。
期せずして自由になった史義は、しかし立ち上がる余力もなく転がり、途中に散在していた木の幹にぶつかって止まる。
目的地には着いていないが、それでもこれは嵩尚にとって好機だった。
「今だっ」
背後の2人に小声で呼びかけ、続いて鴇に合図を送る。
幸い嵩尚の位置は同心からは死角だ。姿は見られていない。
そして、この同心に鴇の姿は見ることができないのだ。
合図を受けて、すぐさま鴇は行動を開始した。
ありったけの力を込めて腰にはいていた形見の西洋式の剣を抜きざまに振るう。
その力は鎌鼬となってすぐ脇の一本の木の胴に直撃した。
嵩尚に言われて知ったのだが、鴇には生前、わずかながら霊力があった。
それをうまく調節し、死してなお所持し続けた剣に注ぐことができれば、実態に対して攻撃が可能なのだという。
嵩尚が目的地と定めていた場所には、それは見事な巨木が生えていた。
その木を切り倒すことによって、一瞬だけでも史義から同心を引き離す、これが嵩尚の作戦だったのだ。
もちろんその技を修得するにあたって、鴇は随分いろいろとしごかれたのだがそれはまた別の話で。
うまく命中したらしく、木は大きな音を立てると、勢いよく倒れた―――そう、同心の方めがけて。
突然木が倒れてきたことに驚いて、同心は史義が倒れている方向とは反対の側に倒れこんだ。
半瞬遅れて、同心が立っていたところに木が倒れこむ。
どうっという鈍い音がして木が倒れたのを確認する間もなく、嵩尚たちは飛び出した。
木が倒れたことで辺りには朦々と砂埃が舞い上がっている。
それを隠れ蓑に、嵩尚は史義の傍に滑り込んだ。
「大丈夫かい」
声をかけられて、うっすらと目を開ける。
木の幹に勢いよく体当たりした形になってしまったので、とっさには受け身が取れずにもろにぶつかってしまい、気を失ってしまっていたのだろう。
思ったより反応が鈍い。
「今すぐここを離れるよ。詳しくは後で説明するから今は僕の言うとおりにして」
とはいえ、最早抵抗する体力もないだろう。
砂埃が収束する前にここを離れなくては、嵩尚が“こちら側”だということが知れてしまう。
嵩尚自身のためにも、協力してくれている友たちのためにも、そして、史義の命を救うためにも、今ここで、嵩尚が捕まるわけにはいかないのだ。
少々心苦しくも、脇に腕を差し入れて史義を抱き起こす。
どこかを痛めていたのか、小さく呻くのだが、変わらずぐったりとしたままだ。
見た目が細身である上に、やはり連日の拷問で幾分か痩せたのだろう。
肩に寄りかからせて立ち上がると、驚くほどに軽かった。
しっかりと支えるために史義を自分の側に寄りかからせる形をとり、もう一方の手で2人の友と鴇に合図を送る。
砂埃がもうすぐ落ち着く、その前にここを離れなくては。
その時だ、地鳴りにも似たその音を聞いたのは。
ドォ・・・ン・・・
足場が大きく揺れたかと思った。
だが違う。
傾いたのは、自分の方。
頽れるように、大きく上体が振れたのは―――撃たれたのは、自分。
「・・・ぁ・・・っ」
遅れて痛みが走り、とっさに史義の体を手放していた。
大地に体を叩きつけられ、激痛が走る。
一瞬息が詰まるような衝撃を受け、ついで激しくむせる。
混乱する頭を叱咤して顔をあげた嵩尚は、そこでようやく、自分が銃で肩を撃たれたことに気づいた。
そして。
もうひとつ、重大なことに行き着き、はっとして振り返る。
撃たれた肩の側には、史義を寄りかからせていた。
ならば、あの瞬間、顔にかかったこの生温かいものは。
「そんな・・・」
愕然とするその眼前、倒れる嵩尚のちょうど足下に。
頭から血を流して、史義は事切れていた。

拍手[0回]

険しい山の中腹あたり、足場もない鬱蒼とした小道を、史義は、ただ黙々と歩き続けていた。
彼の腰には縄が結われ、その先につながる綱を、後方を歩く中年の同心が手に持っている。
かつて史義が上司と仰いでいた男だ。
威厳があり、不正を許さない性質で、真面目に実務をこなす史義の事を、言葉少なにながら褒めてくれたこともある人物だった。
そして、自分のことを評価してくれていたこの上司のことを、史義はひそかに尊敬してすらいた。
今は最早、信じる余地さえ、心には残されていないが。
足場の悪い山道は、史義にとっては歩行が困難な場である。
同心となるために幼少より体力をつける努力は怠ってこなかった史義だが、実を言うと、自分より体格の細い弟の方が体力は上だ。
加えて今は、連日の拷問により、ほとんど体力を消耗してしまい、少しでも気を抜くと倒れこんでしまいそうな状態である。
健全な時ですら早くは登れない道をその状態で進むことは、ある意味拷問より苦痛であった。
しかし今、この足を止めるわけにはいかない。
今史義は、己の、おそらくこれで最後になるだろう、課せられた役目のことでいっぱいだった。
彼が懸命に歩みを進めるこの山道。
ここは、過日、鴇が逃走を図り、そして、彼が何者かの手によって命を落とした場所である。
史義が駆け付けた時には既に、弟の息はなかった。
史義ら同心に追われていたとはいえ、一体誰が、それも同心らが追いつくよりも早く弟を殺害したのか。
史義にとっては不可解でならなかったのだが、それを問うよりも早く、彼は取り押さえられ、牢に入れられてしまった。
よって、現在の状況を、彼は未だに知らずにいる。
そして、何も知らぬ兄は、他の人には見えていない、今は亡き弟の背を、ただひたすらに追いかけ続けるのだ。

とんでもない進言を提案した嵩尚の考えはこうである。
「私の隣におります鴇は、確かに大罪人ではあれど、大変情の深い人物でございます。兄を救うためと、私の許に来たことからもお分かりいただけるかと。唯一無二の身内を救うためならばと、腹を据えて参上したようですし」
「・・・嵩尚よ、何が言いたい」
お奉行が低く呻くように問う。
嵩尚の言うことはつまり、今、自分の隣に、死んだはずの鴇の霊がいるということだ。
本来ならば信用するどころか、世迷い事をほのめかし、お奉行を侮辱したとして、今すぐにお手打ちにあっても何らおかしくない。否、むしろ、お手打ちにあうこともなく、それどころか、嵩尚の言葉を鵜呑みにしたお奉行の発言に、鴇は我が事でありながら、一瞬拍子抜けした。
しかし嵩尚は、それを至極当然のように受け止め、含みのある笑みでお奉行を窺う。
「単刀直入に申し上げましょう。
私が申し上げたいのは、史義殿をお救いくださるのであれば、そのお慈悲に感謝し、刀のありかをお教えするというこということです」
「なんと・・・!」
お奉行は、嵩尚の言葉に一度は腹を立てたものの、かくして標的は、いとも簡単に嵩尚の策略にかかったのである。
嵩尚の策略に一度は同意した鴇も、そのあっけのなさには絶句したものだ。
とにもかくにも、こうして嵩尚の策略は成功へとことを運んだのである。
嵩尚は更に続けた。
「しかしながら、いくら兄を救うためとはいえ、万が一にも嘘を言い、隙をみて逃げ出すとも限りません。そして、そんな怪しい輩に、殿の優秀たる部下の方々を同行させるなど、温情厚いお奉行様にできはしますまい。また私が同行するのも同じこと。ですから、いっそのこと、史義殿を案内役に任じてはいかがでしょう?さすればさしもの大罪人も、よもや兄を危険にさらしたりはしますまい。必ずや、真のありかを指し示すでしょう」

「・・・」
この提案には、お奉行は同意しかねた。
当然だろう。
史義は、どういう理由かまでは知らずとも、刀を欲しているのがお奉行だということを既に知ってしまっている。
これまで幾度となく、悪事をひた隠すのに一役買ってきた嵩尚はともかく、奉行所の闇の部分を、一介の同心なぞに知られるわけにはいかない。
その史義を逃がしてしまったら。
お奉行は今後死ぬまで、ずっと史義一人相手に、悪事が公言されることを恐れ続けなければならないのだ。
それだけは何としても避けたい。
しかし、彼の助命を買うてきた嵩尚には、小細工は一切通用しない。
隙を見て史義を始末しようものなら、それこそ何をしでかすかわからない男なのだ。
当代のお奉行に限らず、歴代のお奉行が皆揃って嵩尚の一族を丁重に扱ってきたのは、その恐ろしさゆえだった。
そうしてすんなりと、嵩尚の意見は取り入れられたのである。
だが、ここで諦める奉行所ではない。
どんな手を使ってでも、史義の口を封じにかかるだろう。
それこそが、嵩尚の本当の狙いだった。
山道を登っていく一行を離れて茂みの陰から覗き見ながら、嵩尚は息をひそめる。
沈黙が続くかと思われたその場に、間の抜けた声がささやかれたのはその時である。
「なぁ嵩尚、まだこんなところで見張り続けるのかよ。俺もう腹ぺっこぺこだよ・・・」
「緊張感の欠けること言わない」
薄暗い中でも引き立つような髪をかきまわしながら、そんなことを訴えるのは、嵩尚の数少ない友人の一人にして、現在の亜嵩の友人の一人の浩正の祖先・守宏(モリヒロ)である。
浩正よりは長くのばし、緩く結ったその髪を力一杯引っ張って窘めるのは、同じく友人の一人にして司の祖先・晃煉(コウレン)だ。
力一杯引っ張られたことにより涙目になった守宏は、抗議の目を向けて言った。
「しょーがないじゃんかー!俺はお金なくて昨日から食べてないんだぞ!嵩尚が、手伝ってくれたら食事を出してやるーなんて言うから来てやったっていうのにさっ」
「はいはい、だからこれが済んだらちゃんと御馳走するよ。僕がお前に嘘ついたことなんてないだろ?」
苦笑しながら、肩越しに振り返る。
この2人に来てもらったのは、今から史義を救出するためだ。
いくら史義の助命を公に乞うたとはいえ、嵩尚がそれを妨害してしまっては元も子もない。
それで、この2人に協力を頼んだのだ。
これまでにも、危険を含んだ頼みごとをいくつかしている。
しかし文句を言いつつも、途中で見捨てたりせずに最後まで付き合ってくれるので、嵩尚にとっては最も信頼のおける存在だった。
その恩返しとして、2人が苦境に立たされた時は、必ず助けることを嵩尚は自身に誓っている。
「さ、もうすぐ予定の場所に着くみたいだよ。2人共、準備はいいかい?」
嵩尚の言葉に、揃って信用のいく返事が返ってくる。
「いつでも!」
力強い言葉に押されて、嵩尚は一歩足を踏み出した。

拍手[0回]

男の言葉を、初めは夢見心地で聞いていた。
けれど、それが現実なのだとはっきり確信したのは、男の口から発された、たったひとつの真実だった。

「こっちだ!」
嵩尚に指し示された屋敷を目指して、鴇は全身にありったけの力を込めた。
霊体となった自分に、初めのうちは面食らっていた鴇だが、それも、死ぬ間際の記憶を掘り起こすと同時にどうでもよくなった。
霊体だろうがなんだろうが、今すべきことはただ一つだけ。
得体も知れない男の、何の確証もない一言を信じてここまで来たのだ。今更自分がどんな姿をしていようが、どんな存在であろうが、そんなことは関係ない。
ただ兄を救えるのならば、それだけで。
―――君が死亡した後、君の兄君は罪人の身内として同罪扱いされ、牢につながれたそうだ
雨の降り注ぐ中、次に目覚めた鴇が茫然と立ち尽くしていたところに、降りかかったのがその言葉だ。
その一言だけで、自分の置かれた状況を瞬時に把握できた。
自分は信頼していた部下にして唯一の友に裏切られ、落命した。
その時兄を救いたくば寺に来いと男に言われ、なんでもやってのけてやると強く思っていたらばいつの間にかその寺に来ていた。
つまり、死んで本当に寺に来たということだ。
雨の、肌に触れる感触はない。だが、自分の体を、実在するものがすり抜けていくという感覚が、どうにも不愉快だった。
とにもかくにも、鴇は男の言葉通りに行動を実行したのである。
いささか現実離れしているので、内心拍子抜けはしたのではあるが。
現れた男は、鴇が死んでから兄の身に起こったことをこと細やかに教えてくれた。
そして現在に至る。
目指すは兄・史義が囚われている奉行所。
男曰く、今日は史義が処罰を下される日なのだそうだ。
罪状を言い渡されてしまっては、兄の名に傷が付き、それだけで、兄の存在が危ぶまれることになる。
そうなる前に、なんとしてでも兄を救わねば。
「嵩尚、本当にお前なら史兄を救えるのか?」
同じ速度で移動しながら、鴇は男を振り返る。
嵩尚は小さく微笑んで返した。
「こう見えて、僕はなかなか村の人には一目置かれる存在なんだよ」
「いや、俺ずっとこの村住んでたけど、あんたの名前はおろか、寺の名前すら聞いたことないんだけど」
「いやー、ほら江戸って広いからさぁ」
笑顔で返されて、鴇は一瞬まわれ右をしたくなる。
だがここで戻ってしまったら、もう二度と、兄には会えない。
兄を救う。
そのためなら、猫の手でも、インチキ生臭坊主の手でも何でもいい。手当たり次第に利用してやる。
「鴇、君のお兄さんは僕に任せて。でも、君は君のすべきことをきちんと果たすんだよ」
「あ、ああ・・・」
嵩尚の言葉に、鴇の顔が曇る。
鴇はここへ向かう前、寺でとある約束をした。
そして、それを果たすことは、鴇にとっては、少々どころか、かなり屈辱なことではあった。
けれど、兄を救うためには、それしかないのだ。
そのためになら。
「着いたよ・・・!」
嵩尚の言葉に、鴇ははっと顔をあげた。
覚悟を決めてきたのだ。今更それを蒸し返して尻込みする必要はない。
嵩尚と共に、出入り用の通用門を突破し、そのまま奥へと突き進んでいく。
気づいた同心たちが、とっさに侵入者を足止めしようと身構えた。しかし、嵩尚の顔を認めて、気まずい様子でとどまる。
それを目の尻に、嵩尚はずんずん先へと進んでいった。
嵩尚の言う、一目置かれる存在というのは、どうやらあながち嘘ではないらしいことを悟った鴇である。
ふと、鴇は進む先にいるとある人影に気づいた。
足はないのだが、もしあったとしたら、確実に歩みを止めていた。
白装束一重だけを身にまとい、おそらくはかなりの詰問と拷問を受けたのだろう、鴇よりも体格が良かったはずの肩はすっかり小さく、またやせ細っており、うつむき加減の顔はやつれて頬がこけていた。
いつもきちんと整えてから職場に向かうあの髷も乱れ、青白い顔に張り付いている。
駆け込んできた嵩尚の気配に気づいてゆっくり顔をあげた彼は、しばしぼんやりと嵩尚とその隣の空間を見つめていた。
鴇も別段声を上げることはせず、ただ変わり果てた兄を見つめ返す。
どのくらい、そうしていたか。
唐突に、史義の目が大きく見開かれた。
「鴇・・・」
「・・・!」
名を呼ばれ、鴇は驚いて兄を見返した。
今の自分は霊体である。それが、見えるのか。
「これは驚いた・・・まさか、霊が見えるとは」
そう呟く嵩尚の顔も、心底驚いているようだった。
それから、今まで史義が向いていたほうを振り返る。
縄に縛られ座る史義を、上座から見下ろす者の目がある。それは、この屋敷の主にして、史義らの上司にあたり、なおかつこの町を統治する者。
怪訝そうに見下ろすその男に向かって、嵩尚は涼やかに頭を下げて言った。
「突然にして、無礼な訪問をお許し下さいお奉行様。本日は、この者の身の潔白を証明すべく、寺より馳せ参じた次第でございます」
恭しくそう述べる嵩尚に、お奉行は冷たい眼を向けるだけだ。
それを受け流しながら、嵩尚は告げる。
「先だって死亡した下手人・鴇が犯した罪は事実にございます。しかし、こちらの兄はそれを何一つとして知らずにいたのです。そして、お奉行様がお望みの物は、こちらの史義殿が所持していた物ではありませぬ」
史義が所持していた物、つまり、ことの発端にあたる、史義の刀のことだ。
嵩尚がそれを口にした途端、お奉行の目の色が変わった。
意味を解さぬ様子の史義に対し、嵩尚の隣にある鴇は、お奉行に向けて、憎悪にも似た形相で睨みつけている。
そう、鴇がせねばならないのはこのことだ。
死人に口なしとはまさにこのことを言うのだろう。
いくら史義を救うためとはいえ、鴇はありもしない罪まで背負うことになる。それでも、今の鴇に、嵩尚の口を封じる手などありはしないのだ。
そのことを口にすると、宣言された手前なのだから、余計に。
「お奉行様は彼らが養父の刀工が鍛えたとある刀を求めておられた。彼はそれを、息子である史義殿に託すつもりで鍛えたのだそうですが、実際に受け取ったのは別物です。つまり、今貴方が史義殿から取り上げておられる刀は偽物というわけです」
「嵩尚・・・お主、その話をどこで」
つらつらと述べ続ける嵩尚の言葉を遮るように、お奉行が口を開いたのはその時だ。
嵩尚は、内心でほくそ笑む。
これこそが、嵩尚の目論見そのものだからだ。
彼はその刀を鍛えた刀工自身から、二人の息子を託された。
助けようと奔走はしたものの、時すでに遅く、鴇は行動を起こした後だったため、嵩尚は史義に対象を切り替えたのだ。
冷酷だと言われれば、確かにそうなのかもしれない。けれど、一度道を踏み外してしまった者を受け入れることは、寺の威信にも影響が出るのだ。そして、そうなってしまったら、最早史義を救うどころの話ではなくなってしまう。
鴇を見捨てることは、嵩尚にとっても苦渋の選択だった。
だからせめて、彼の死を無駄にしないように。
「私は光來寺の住職にございます、知らぬ事などございません。そんなことよりも・・・殿」
不敵な笑みを浮かべて、嵩尚は言葉を紡ぐのだ。
「真の妖刀のありか、私の隣におりまする、下手人・鴇より、聞いてみたいとは思いませぬか・・・?」

救えぬ命があった。
そして、もう一つの残された命を救うために、ありもしない罪を、他人になすりつけようとしている。
ならばせめて。

極上の嘘を、ここで押し並べてみようじゃないか。
 

拍手[0回]

荒く呼吸を繰り返しながら、男は山道を駆け抜ける。
日頃、あまり人気のないこの山道は、本来なら踏みならされているであろう足場も草に覆われ、縦横無尽に広がっているため、とにかく走りづらい。
ただそれは、後を追ってきている連中も一緒だろうから、あえて文句だけは押しとどめる。
束ねた髪は振り乱れ、着ている着物も泥やらなんやらで、すっかり色が変わってしまった。
利きにぶら下げている西洋風の剣はべっとりと血に汚れ、掴んでいる手も同じく血で染まり、そのままでは滑り落してしまうからと、先程麻紐で、剣を手にくくりつけたところだ。
それも、走りながらの作業となってしまったので、うまく結べず、今やほどける寸前だ。
それでなくとも不器用な質なのに。
内心で、己の不器用さを嘆く。
全身が疲労と痛みでふらふらだった。
いつ足が止まってもおかしくないほどに、彼の体は最早限界だった。
それでもなお、その足が前へ前へと進むのは。
―――・・・鴇
あの時、傷ついた眼で、彼を見た、唯一の家族のため。
飯屋で同心を斬り殺した鴇は、まもなく店の者の知らせを受けて駆け付けた別の同心の手によってあっさりと捕らえられてしまった。
その同心の中に、その人物はいた。
―――鴇、どうして・・・っ
たとえどこで出会おうとも、人の目がある限りは決して兄弟だと知られないようにふるまおうと約束したにも拘らず、提案した当人が血相を変えて叫ぶ。
馬鹿だなぁ、自分で言っといて・・・。
地面に押さえつけられたまま、愚かな兄を見上げ、鴇は1人そうごちた。
ふいに、目からあふれ出るものがある。
ああもうそれは止まらないのだと認識した途端、鴇の頭は、自身でも驚くほどに冷静になった。
あとはもう、自分の体が動くのに任せるだけだった。
自分を取り押さえていた同心を跳ねのけ、渾身の力で、手首を縛っていた綱を引きちぎる。
さすがに躊躇した同心たちの中に手を突っ込み、剣を奪い取ると同時、
「俺は人殺しだ。正義を貫きたければ、あんたが俺を斬ってみろ」
声も高らかにそう宣言し、剣を引き抜く。
抜き身で一気に三人ほどの同心を斬り伏せ、鴇は駈け出した。
そして今に至る。
宣言を受けた兄・史義は、さすがに鴇を追ってきた。
ただし迷いがあるのか、共に鴇を追う同心の中では1人足が重く、他の同心たちからやや遅れ気味になっている。
それを逆手にとって、鴇はさらに1人、2人と、追いかけてくる同心を切り捨てていった。
相手もそう簡単にいく者ばかりではなく、鴇の隙をついて、腕や足に斬りかかってくる。
だから、この腕や足を染める血は、自分のものでもあった。
追手の姿が見当たらなくなったのを確認し、鴇は足を止めた。
ここで座り込んでしまっては二度と立てなくなる。
寝転がりたい気持ちを必死でこらえ、木の幹に手をついて、彼は息を整えにかかった。
いったいどれほどの人間を斬り捨てただろう。おかげで自慢の剣は、もう刃がぼろぼろだ。
こんなところをあの男が見たならば、一体どんな顔をしただろうか。
育ての親だった男は、数日前、どこかに出かけると言ったきり、帰ってはこなかった。
鴇が盗賊をしていることも、同心でありながら史義がそれを黙認していることも、彼は知っていた。そして、2人が膝を突き合わせて口論になる度、男は悲しげに俯くのだ。
鴇も史義も、願うところは同じである。
それでも、同心を含めた役人の噂を良しとすることだけは、鴇にはできなかった。
―――今の役人は腐ってる!そんな奴らのところにいて、いったいなんになるっていうんだよ・・・!
―――お前の方こそ、盗賊なんぞして何になる!どんなに相手が悪人であれど、その懐をあさればその時点でお前は、もうそいつと同じ悪人なんだぞ!
―――俺が悪人なるのは構わない!俺はどうだっていい!けど史兄が裏で手染めてる奴らとつるむなんて黙ってられるか・・・!
史義は、正義を貫き、同心となった。
低い身分であるからこそ、民の痛みを一番わかってやれるとして、毎晩遅くまで職務に励み、貧困層で罪人が出ても、その者の言葉を親身になって受け止めた。
考えてみれば、そんな史義の偽善じみた行いは、煙たがられるものだったといえるだろう。
しかしそんな気配は一向に見られなかった。
訝る鴇の耳に代わりに入ってきたのは、同心による、よくない噂の数々だった。
賄賂、暗殺、漏洩・・・汚らわしい役所の所業に、鴇は吐き気を覚えたものだ。
そこで始めたのが、別の立場から民を護る―――そう、盗賊という稼業。
弱者を守り、強者を挫く。
その信念の下に集った仲間を従え、鴇は闇夜に飛び出した。
史義と、もう二度と、肩を並べて歩くことなどできないであろうことを、ほんの少しだけ、後悔しながら。
自分なら、あえて悪人に徹した自分なら、兄を善人に仕立て上げ、華々しく散っていくことができる。
弟は悪人だ。しかし、そんな弟を憂い、兄は正義を貫いて弟を粛清したとあらば、民の視線は兄に注がれることになる。
そうなれば、兄を利用し始末しようとしている連中にはたいそう都合が悪いだろう。
鴇の目的は、その一点に向けられたのだ。
大勢の同心を殺した大罪人・鴇。
その弟を斬れば、史義は保身ができるのだ。
あとのことは、信頼のできる部下に任せてある。
鴇が盗賊を立ち上げた当初から、常に傍について励ましてくれた、ただ一人の友。
盗賊内でも、彼の右に出る者はいないとして、鴇の相棒の名を得た男だ。
彼ならば。
「頼むぜぇ・・・唯月(イヅキ)」
そう、彼の名を呟いた、刹那。
「そりゃどうも」
声がすると同時。
気配が感じられた。
ああ、来てくれた。
安堵と、ついで、一抹の不安。
どうして、お前がここに。
その疑惑が確信したのは、鴇がその場に倒れこんでからだった。
驚いて、上体を起こそうとして、激痛に顔を歪める。
そこで初めて気づいた。
鴇は、背中越しに胸を貫かれていたのだ。
無理やり体を起こそうとしたことにより、喉の奥でせり上がるものがある。
痛みとともに吐き出したそれは、鴇の胸元を鮮やかに染め抜いた。
起き上がり損ね、草むらに倒れた鴇のすぐ傍に、見慣れた草履が見えた。
わらじが赤く染め抜かれた、ちょっと変わった草履だ。いつだったか尋ねた時、その人物は満面の笑顔で答えたものだ。
―――こりゃあ願掛けさ
宿願が果たされるその時までは、決してこれを脱ぐことはないと、彼はそう言っていた。
その草履が、右足だけ軽く引いて、膝をつく。
「恨まないでくだしゃんせぇ、お頭。俺とて、宿願のため、仕方なくなんですよ」
一点の悪びれもなく、彼は鴇の頭を軽く二、三度叩く。
頭を叩かれて、鴇は憎悪も露に友を睨みつけた。
こいつだけは、決してと思っていた。
なのに。
鴇に睨まれて、唯月はおどけたように肩をすくめた。
「すんませんなぁ、でも俺も、あんたと同様、目的があってやったことなんで。それにどの道、これ以上『善良な』盗賊稼業は続けられないでしょ?頭のあんたがあんなにも大勢同心斬り殺したから、他の奴らも動揺してるんだぜ」
狐のように目を細めて、にやりと笑みを浮かべる。
それは、鴇が今まで一度として見たことのない、裏切りの顔で。
「てめえ・・・!」
どうしようもない怒りがこみ上げてくるが、鴇の体は最早動かない。
ただ胸から次々にあふれ出て大地を染める血だけが、留まるところを知らずに流れていくのみで。
「あんたら兄弟は、あのお方の力を横取りした盗人や。それを取り戻すだけで事は済んだのに、あんたがややこしくしてしもたから、お兄さん、今大変なことなってんで?」
鴇の目が、大きく見開かれた。
それを認めて、唯月の顔がおかしそうに歪む。
そのまま彼は音もなく立ち去って行った。
残されたのは、鴇1人。
足元には、形見代わりに残された、あの剣のみ。
精一杯でそれをつかみ取り、鴇はやおら叫んだ。
まるで獣の雄たけびのように。
まるで、絶望しきった者の慟哭のように。
大声をあげた鴇は、しかしそのまま力尽きた。
体を起こすことも、指一本動かすこともかなわず、鴇の体は血の気を失っていく。
ぽつ、と。頬に何かが触れた。
雨だ。
ふいに降り出した雨が、勢いよく、さらに鴇の体温を奪っていく。
自分はどうなっても良かった。
それで兄の幸せを取り戻すことができるなら、自分がどうなろうと構わなかった。
だから、このまま死ぬのはいい。死など怖いと思ったことは一度もない。
けれど。
―――お前、また無茶をしただろう・・・
同心と盗賊、まったく相容れない立場となってからも、けがをする度心配してひそかに言葉をかけてくれる者があった。
誰よりも優しくて、そして誰よりも強い兄。
その兄が、今危機にさらされようとしている。
誰か、誰でもいい、誰か。
あの人を、兄を、

救って―――・・・

「―――・・・ならば、我が寺に来ると良い」
静かに、その場に佇む者は、不敵な笑みを浮かべて、横たわる鴇に、そう語りかけた。

それが、すべての始まり。

 

拍手[0回]

PREV ←  HOME  → NEXT
Copyright (C) 2026 鬼が謳う水辺。 All Rights Reserved.
Photo by 戦場に猫 Template Design by kaie
忍者ブログ [PR]