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就職はしてもまだまだ夢を追い続ける、そんな子鬼の唄をどうぞ。
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初め、男が口にした単語が一体どういう意味なのか、嵩尚にはわからなかった。
何度も自分の中で反芻して、ようやく事の重大さを知る。
ややおいて、驚愕を露わに、嵩尚は呻くように呟いた。
「なんてことを―――・・・っ」
「わかっています。決してしてはならないことだった、でも・・・」
嵩尚と対面しているやや老いた男が、悔しそうに顔を歪める。
好奇心半分でこの件に関わっていることをどこかから聞いたのだろう。
今嵩尚の前に座する人物は、噂の妖刀を鍛えた刀工その人だった。
年は四十を過ぎたくらいか。うなじのあたりで緩く束ねている髪には、うっすらと白髪が見えた。
くたびれた着物は色あせており、彼が決して楽な生活を送っているわけではないことを示している。
細目を更に細めて、男は静かに口を開いた。
「―――・・・貴方には、たとえ人の命を犠牲にしてでも守りたい大切なものってありますか?」
「え・・・?」
一瞬、問われたことの意味がわからず、言葉が詰まった。
そんな嵩尚に、男は真っ直ぐに見つめる。
「・・・大切なものは、自分、くらいかな・・・」
しばし逡巡し、それからためらいがちに答えた嵩尚の目は、揺らいでいた。
それを見透かしたように、男は言葉を紡ぐ。
「私にはあります。だから道を踏み外した」
「だからと言って、人の道を外れていいわけがないだろう!」
思わず怒鳴ってから、たまらず目をそらす。
しかしそれでも、男は目をそらさなかった。
それこそが、男の覚悟なのだろう。
そうまでして、彼が守りたかったもの、それは。
「私は守りたい。血はつながっていなくても、あの子たちは私の子どもだ。絶対に、渡しはしない」
嵩尚は男を顧みた。
細目で、まぶたに隠れそうな、しかし揺らぐことのない瞳が、嵩尚をしっかりと映し出す。
その眼には、威圧的なものよりもむしろ、全てを包容するような力があった。
そっと、肩をすくめる。
まいったよ、と心の中だけでつぶやいて、自嘲気味に笑みを浮かべた。
この男の覚悟にはかなわないな。
そうこぼして、嵩尚は男に手を差し伸べた。
「いいでしょう、どうやらこっちの方がおもしろそうだ」
「え?」
「あなたの守りたいもの、私がお引き受けしましょう」

「そう言って、嵩尚は鴇の養父の願いを聞き入れたというわけか・・・だが」
1人そうごちて、窓の外を眺めやる。
言われるままに、その足で日本へと発ったので、恰好はスーツのままだ。しかも、こちらへ発つ直前に、仕事のことでひと悶着あり、急いでいたこともあって取っ組み合いにまで発展してしまった。
力技では負けなしだ。勝ち誇ったように、のした取引相手の上にのしかかっていたところ、頼み事をしてきた当人が現われて言った。
―――君は何をこんなところで油を売っているんだ・・・
事は急を要すると言っただろう、と呆れの滲んだ言葉にはっと我に返り、慌てて会社を飛び出し今に至る。
シャオ、と。あの男だけは、自分をそう呼ぶ。
だが本当は、彼の真名は別にある。けれどそれを呼んでしまったら、男がどうなるのかを、彼はよく知っていた。
だから、シャオ、と呼ぶのだ。
もう1人、男のことをそう呼ぶ者がいる。
それが、シャオに頼み事をした無二の親友かつ上司である彼の息子で、これから助っ人に向かう予定の人物だ。
「会うのはもう7年ぶりか・・・大きくなっているのだろうな」
幼いながらも、7年前の少年は、とても真っ直ぐな瞳をしていた。
それはまるで、かつての少年の父のようで。
彼は海外に逃げることを選択してしまったが、少年はきっと同じ道を選びはしないだろう。
だからと言って、彼が逃げる道を選んでしまったことを責める気はない。
あの時は、シャオからしてみても、そうするしかなかったのだから。
けれど、時は満ちた。そして、あの少年の許に、今頃は全てが揃っているだろう。
「あとは覚醒するのを待つのみ。けれどそれには、相応の覚悟と、自分の命がいることになる」

さあ君は、どの道を選ぶ?

―――亜嵩。

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「君のご先祖の名を、嵩尚(タカナオ)といった」
鴇が以前言っていたように、嵩尚は亜嵩とよく似ているらしい。
唯一つ違うのは、いつも肩を怒らせがちな亜嵩とはうって変わり、嵩尚はいつだって楽しそうに笑う人物だったという。
それを言われた瞬間、亜嵩は、誰がいつも怒らせてるんだよ、と鴇に向かって目で抗議したのだが、それはさておき。
嵩尚は鴇以上の自由人であった。
彼と常に行動を共にしていた友人2人、つまり、司と浩正のご先祖は、いつでも彼に振り回され、気苦労が絶えなかったらしい。
それでも付き合いをやめなかったのだから、いっそ素晴らしいまでの神経だ。
とにかくも、周囲を巻き込むほどの天真爛漫な人物ではあったものの、その人柄は良く、村人からも一目置かれる住職であったそうだ。
もともとこの地を守護するために力を授かった者として、村人は嵩尚を敬っており、その力のことも、ざっくばらんとしか知らされていなかったため、偏見の目を向けられることもなかった。
そう、あの刀の存在を知るまでは。
嵩尚もまた、ただの1人の青年でしかなかったのだ。
「うちのご先祖の文献からの推測だけど、嵩尚は史義の刀の話を偶然立ち聞きしたらしいんだ」
「立ち聞きって・・・そんな簡単に小耳にはさめるほど噂が広まっていたのか?」
司の問いに、亜嵩が問い返す。
さすがに、数百年前にもさかのぼる江戸時代の話だ。正確な史実が残っていないのだろう。
司は物哀しげに眼を細めて首を振った。
「ただ、一つ明らかなのは、史義の刀のことを触れまわったのは、まさに、刀を狙っている連中だってことだ」
司の言葉を継いで、カルフが口を開く。
「史義の刀は元来、鴇と史義の育て親である刀工が、2人を護るために打った刀だ。ちなみに、鴇の持つ西洋の剣も、その刀工が鍛えたものだそうだよ」
「刀鍛冶が、西洋の剣も作ったりするのか?」
「あいつは西洋の剣にも興味を持っててな。俺が持つのは、試しに打ってみたうちの一つだ」
そう答え、鴇は片手をかざした。
彼の手に収束するように、刹那光が灯る。
青く揺らめいて刀身をかたどった光は、そのまま音もなく消え、代わりに彼の手には、西洋の剣が収まっていた。
よくよく見れば、本来の西洋の剣よりは、刃渡りが長く、また、鞘は金属ではなく木製で作られている。
なるほど当時の日本人が作ったらしい剣だなと、亜嵩は感じた。
「あいつは史義に、その刀を与えた。同心になった夜だったな。それで、祝いとして刀を贈った。できのいいやつだって話してたな。けれど」
彼は語らなかった。
その刀が、本当は何であるかを。
はたして、嵩尚はその話を知ってしまった。
最初は、単なる好奇心からの接触だったのだろう。
けれど、その刀を前にして初めて、嵩尚は後悔した。
「何故・・・」
かすれる様な声で、亜嵩は問う。
カルフと鴇の表情が、亜嵩にその答えを告げる。

「あの刀はな、人の血を吸って鍛えられた―――妖刀だ」

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覚悟はできているか?
 
それでは始めよう―――・・・
 
「はい、亜嵩」
司から手渡されたハンカチを受け取り、礼を言って額に無造作に乗せる。
廊下の水道で濡らしてきてくれたハンカチは、ひんやりとして、疲労困憊で発熱している亜嵩にはとても気持ち良い。
目の上にまで被せて、きく息を吐き出す。
「亜嵩、無理すんな・・・」
「余計なお世話だ」
鴇の心配もすぱっと切り捨て、上体を前に起こす。
壁から背中が離れるが、先刻よりはましになったのでふらつくこともなかった。
ハンカチを手で額に当てながら、鴇とカルフの方を向き直る。
「で、史義の刀はここにある。俺の力とやらも何とかなるだろ、多分」
「多分て・・・」
呆れ顔で司と浩正が突っ込むが、亜嵩はあえて無視だ。
「けど明からまた普通に学校があるってのに、ここにいつまでも籠城ってわけにもいかないだろ。どうすんだ?」
亜嵩の言を受けて、カルフは一瞬きょとんとした。
それから、誰にも気付かれないように小さく、苦笑を漏らす。
これには司が気付いたのだが、彼が気をそらしたその瞬間にいつもの含みある笑みと変わっていた。
「いきなりそっちなんだぁ。てっきりまずは俺の正体とか史義の刀の正体とか君のご先祖のことを聞いてくると思ってたのに」
「そっちを聞いてる間は余ってんのかよ」
間髪入れぬ反論に、さすがにカルフは表情を崩した。
初めて会ったときには、都会の空気に感化されてか、刺激に対する反応も今一つだった為、カルフも半ば見下していた。
こんな子供に何ができるのか、と。
しかし今の彼は違う。
今のこの少年なら絶対に負ける気がしないと思うのは恐らくカルフだけではないはずだ。まだ立ち上がることもできない状態で、カルフに向けられた眼差しは揺るぎない。
カルフは肩をすくめると、彼同様に真剣な表情をした。
「はっきり言おう。時間はないよ。鴇が現世に留まれる時間だって限られているからね」それを聞いて、微かに亜嵩の顔が強張った。
しかしすぐに元の表情へ変わる。
覚悟はできている、というのは、上辺だけではないと胸を張るかのように。
「・・・わかったよ。君のその覚悟を賞して話そうじゃないか。
まぁ、第一真実も知らずに戦わされるとかバカバカしいもんなぁ」
にんまりと笑い、彼は立ち上がって司の隣へ。
「まず第一に俺の正体だけど」
「ここの理事長かなんかの孫、だろ?」
「うん、そう。そしてこっちの、司のお兄ちゃん」
「は?」
亜嵩の目が点になった。
その反応を楽しそうに見つめるカルフに対し、彼を兄と明かされた司は珍しく険な表情を浮かべている。
「そうそう、その反応はいいよ」
「はぁ、どうも・・・」
そんなところを誉められても全く嬉しくないのだが、この男にいちいち反応を返すと遊ばれるのがおちだ。
とりあえず生返事だけをしておいて、亜嵩は級友を振り返った。
こんなところで暴露されると思っていなかったのだろう。
司の表情はいつもの穏やかな感じが抜け落ちて、最早殺気立ってすらいた。
ただ、亜嵩は思う。
今の司の方が、来の彼らしいのではないか、と。
まぁ今それを口にするととばっちりを食らうので黙っておこう、と心に誓って、亜嵩は再度カルフを振り返った。
「つまりはあんたのことを司は初めから知ってたってことか」
「・・・っ、ごめん・・・騙すつもりはなかったんだ」
俯いて呟いた司の肩が微かに震えている。
それをあえて見ないふりをして、亜嵩はさり気なく顔をそらした。
「別に気にすんなよ。俺だって、司の立場なら黙ってただろうな」
「亜嵩・・・」
隣では唯一幽霊の見えない浩正が、話が読めなくてきょろきょろとしている。
気の毒ではあるが、今は説明をしている場合ではない。
「で、その隣できょろきょろしてる奴だけど」
「浩正?」
ふいにカルフが浩正をしたので、亜嵩は疑問に思った。
亜嵩の口から分の名前が飛び出たので、浩正が呼ばれたものと勘違いしてか、はっと顔をあげる。
亜嵩が慌てて言い訳しようとするより先に、浩正は司を振り返って声を弾ませた。
「何っ?俺やっと出番?!」
「みたいだね」
「・・・は!?」
今度こそ亜嵩は間抜けな顔をしてしまった。
しまったと思ったがもう遅い。
ちろりとカルフを横目で見ると、彼はとても満足そうににやにやとしていた。
内心だけで毒づいて、浩正を見る。
これ以上カルフに説明を受けるのは癪だ。
「浩正も関係者なのか?」
「おぅ、らしいぜ」
「らしいぜ、って・・・」
何だかしっくりこない返答だ。
眉をひそめた浩正は、彼なりにわかりやすい答えを探しているのだろう。
やがて顔をあげた彼は、真っ直ぐに亜嵩を見据えた。
「えと・・・俺と司の先祖は、亜嵩の先祖の友達だったんだ」
「え・・・」
意外な返答だ。
たどたどしい浩正の精一杯を継いで、司が続ける。
「君のご先祖は知っていたんだ。史義の刀の危険性を。そしてそれを狙っている者の正体も。
全てを知っていたから、彼は先手を打った。当時霊力で彼の右に出る者はいなかったからね。けれど」
「それが、悲劇を呼んだんだ」
ようやく口を開いた鴇の声が、重い。
 
彼は見ていた。
その日起こった全てを。
 
『なん、で―――・・・』
 
呟いたあの男に、光はなかった。

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いつかそのときが来たら。

君はどの道を選ぶだろうか。

学校に着いてから、30分ほどが経過した。
普段使っているこの教室には、亜嵩、司、浩正と霊の鴇、カルフのみ。
は休日なので、校舎内にが訪れることはない。
来るとすれば運動くらいだが、今日はどの部も顧問の情により練習が休みとなっていることを、司が既に調べていた。
用意周到すぎるのも考えものではないかとふと思ってしまう、友達2名である。
亜嵩・・丈夫・・・?」
いつまでも呼吸の落ち着かない亜嵩の額にを当てながら、司がを覗き込む。
いくらなんでも、これは異常だった。
起きた時、昨日の疲労は微塵も感じられなかった。
それなのに今は、昨日の疲労に加えて、頭痛のおまけつきだ。
全身も、動かしただけで痛みが走る。
体を起こしているのも限界で、壁に背からもたれていた。
「多分、昨日のせいだよ」
対面で、あれだけふざけていたカルフが、奇妙なくらいに真剣な表情で重い口を開く。
その隣で、鴇が小さく俯いたのを認めて、亜嵩は小さく首を横に振った。
だが、反論を許さないかのように、カルフは言う。
「亜嵩は昨日、自分を依代(よりしろ)として、鴇を内に取り込んだ。それは亜嵩にとって、寿命の部を削り取られることに相当するんだ」
「え・・・」
かすれた声で、亜嵩は問うた。
息が荒いままなので、浩正と司に両側から支えてもらっている。
この状態が続いてもうだいぶ経つので、徐々に容体が悪化しているのが、誰のにも見て取れた。
に言ったな?かつて、光來寺の人間が力を暴走させて村を破壊した、と・・・。
その力を、お前も継いでいる。そして、その力は、内に異物が侵入するのを何よりも嫌う」
「なんか、風邪菌が、体内に入った時、みたいだな・・・」
「亜嵩、しんどいのに無理して冗談言わなくていいよ」
配顔の司に気を遣わせまいとして、慣れない洒落を言って見たのだが、どうやら逆効果だったようだ。
仕方がないので、そのまま沈黙して、カルフの次の言葉を待った。
「お前の持つ力は、古代から神仏に仕えてきた光來寺に与えられた、土地を守護する力。その力は、何よりも穢れを嫌う・・・死してなお、この地に留まり続ける鴇の魂は、長い時を経て、少しずつ、地上の穢れを蓄積している。まぁ、大した量なわけではないから、人に自覚はないけど」
しかし、不浄の穢れを負う鴇の魂は、亜嵩にとっては穢れでしかない。
結果として、それを拒絶するために、亜嵩の中で異常が起こっているということなのだろう。
カルフの容赦ない言葉に、隣の鴇が悲しげに笑う。
肩をすくめた彼を一瞥して、カルフは更に言葉を紡いだ。
「先刻お前が言ったように、風邪菌が体内に入れば、血球がそれを排除しようと活発化し、体は発熱する。それと同じで、お前は今、体内を浄化しようとして、無意識のうちに力が活性化しているんだ。
普段は使われていないから、余計に負担がかかってる」
「でも、熱ががれば大丈夫なんでしょう?」
すかさず司が問い返す。
亜嵩もそう考えていたので、彼の質問に同意の意を表すために、小さく頷いた。
浩正も顔をあげて、3対の目がカルフを映し出す。
短い沈黙をおいて、カルフは否定の意を示した。
「どうして・・・っ」
「鴇が亜嵩の体内に入ったことで、亜嵩は力を使用せざるを得ない状態に追いつめられた・・・わかるか?お前の力は、お前の命を蝕むんだ」
そうして、力を使用することで、亜嵩の体は徐々に衰弱していくのだと。
カルフは、そう言っているのだ。
司と浩正の表情が、ざめていくのが亜嵩にはわかった。
2人とも、亜嵩の方を振り返れないでいる。
そのまま俯いた二人の背に、その時何かが触れた。
そっと。2人の背を叩く、手。
まるで軽く叱りつけるような、そんな手だ。
2人は振り返った。
2人の目に、亜嵩の顔が映る。
「―――・・・ばぁか」
小さく、呟くような声しか出せないというのに。
亜嵩は不敵に笑っていた。
痛む体を無理に起こして、彼はその場に立ち上がる。
慌てて支えようと手を差し出してきた2人の手を払いのけ、壁から離れて一歩、鴇とカルフに近づく。
これには、さすがの2人も目を見張った。
茫然と亜嵩を見上げる2人の前に仁王立ちして、亜嵩はやおら怒鳴った。
「んなことで俺が後悔するとでも思ったか!?俺は後悔しねぇ・・・後悔するとしたら、それは」
―――俺には、できなかったからね・・・
「何もできずに負けることだ・・・」
だから迷わない。
決して、もう二度と。

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鴇との約束が、そこにはあった。
それは今この時、必要とされる時を、ただひたすら待っていたようだった。

刀を掴み、そのままの勢いで反対側の扉に当たりして突破する。
そのまま外を指しかけて、亜嵩は立ち止まった。
どこへ、行かれるのか・・?」
静かに淡々と、しかし呼吸をなだめることはできずに肩を激しく上させながら、なぎはが立ちはだかっていた。
読み間違えたのは、亜嵩だ。
(しま・・・っ)
慌てて後方へ退こうとしたところを、ゆいてが立ちふさがる。
挟まれて、亜嵩は身動きが取れなくなった。
完全にしくじった。
せっかく与えられた好機を、亜嵩はみすみす逃してしまったのだ。
自分の未熟さに、腹が立つ。
あと、もう少しだったのに。
せっかく、約束を果たせると思ったのに。
(鴇―――・・・)
目を伏せた、刹那。
「亜嵩・・・!」
声が、した。
ここに来てから、幾度となく自分を助けてくれた者の、声が。
「・・・っ」
瞬泣きたくなった衝動をどうにか抑え、亜嵩は声を張り上げた。
「鴇―――・・・!!!」
彼の声に呼応するように、突如として突風が巻き起こる。
それは彼を守るかのように、2人を圧迫した。
風に気おされて、2人は身動きが取れないでいる。
そこへ、誰かが亜嵩の腕をひいた。
「亜嵩」
先刻、視界をかすめた、あの人物。
「司・・・」
「早く、今のうちに」
亜嵩よりも華奢なが、優しく、そして強く亜嵩の手を引いてくれる。
2人はそうして、その場を走り去った。

「無事でよかったよ・・・」
教室に入ると同時、振り返った司が亜嵩に抱きつく。
普段なら恥ずかしいものだが、このときばかりは安堵をもたらしてくれた。
「大袈裟だなぁ、司は」
「浩正」
いたずらっぽく笑って、浩正が司を茶化す。
司がふくれ面になるのを見て、亜嵩はようやく全身が緊張から解かれるのを実感した。
と、同時に疲労がどっと押し寄せてきて、波に耐えきれず、亜嵩は思わずその場にへたりこんだ。
途端に2人のがざっと変わる。
「亜嵩・・・!!!」
2人に支えられて壁にもたれかかれるようなんとか移動して、亜嵩は小さく笑いかけた。
「寝起きに運動は、ちょっときついな・・・」
「・・・っ」
亜嵩のかすれた小さな声に、2人は顔を歪める。
今にも泣き出しそうな顔で、司がつぶやいた。
「ごめん、もっと早くに駆けつけていれば・・・」
彼の言葉に、亜嵩はゆっくりと首を横に振る。
司に非はない。
何の関係もないのに、彼は亜嵩を助けに飛び込んできてくれた。
それが何よりも嬉しくて。
ありがとな・・・」
こうして素直にその言葉が口に出せるのも、そんな彼の心故。
微笑んだ亜嵩を、鴇が囁きかける。
「亜嵩、よく頑張ったな」

彼の言葉が、皆の優しさが。
今はこんなにも、心強い。

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